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「おい、お前らそれ……っ」  気付いたときには体が勝手に動いていた。 「準一さん」と止めに入る花鶏の声も無視して、俺は二人のいるテーブルへと近付く。  そして、息を飲んだ。  何事かとこちらを振り返る双子、その手元にはあの茶封筒と仲吉が用意していた用紙がしっかりとあった。 「…………っ」  言葉も出なかった。  予め地図を書くよう用意された用紙には、下手くそな絵が書かれていた。  まるで子供の落書きのようなその絵だったが、この屋敷までの道程を表しているものだと気付くのに然程時間はかからなかった。  咄嗟に藤也から用紙を取り上げれば、双子はきょとんと顔を見合わせ――そしてこちらへと目を向ける。 「なに……勝手に書いてんだよ」 「あれ? ダメだった? ま、どーせ書くつもりだったんだしいーじゃん。藤也がペン独り占めすっからすげー下手いことになってっけど!」 「……要するに場所がわかればいいんだよ、こういうのは」  何故俺が怒ってるのかもわかっていないのだろう。  各々好き勝手言い出す双子に頭が痛むようだった。  場所が分かるとまずいんだよ、この場合は。けど、そんなことを言ってもこの双子には伝わらないのだろう。  この地図はどうせ渡さないつもりだったが、それでも生きた心地がしない。……死んでいるのだけれども。 「いけませんよ、お二人とも。人のものを無断で扱うなんて」 「げ、花鶏さん」 「てか……花鶏さんにだけは言われたくない」 「おや心外ですね。まるで人が他人のぷらいばしいとやらを無視するような言い方ではございませんか」 「……間違いではないでしょ」 「こういうのは相手に気付かれてしまうと意味がないでしょう」  なんて言い出す花鶏に「花鶏さん」と咎めれば、「冗談ですよ」と花鶏は肩を竦めて笑った。  なにが冗談なのか。そもそもどちらの味方なのか。 「準一さん、それ返して。……まだ途中」  なんて呆れていると、藤也が服をくいくい引っ張ってくる。まさかまだ手を加えるつもりなのだろうか。 「もう描かなくていい」と振り払おうとするが、藤也の力は無駄に強い。こいつ、と俺は渋々折れた。 「……藤也、それ、好きにしていいけどあいつには渡さないからな」 「えーなにそれつまんないじゃん。せっかく頑張ったのに」 「なにが頑張っただ、大体本物の地図描いてどうすんだよ、もし……っ」  もしあいつが本当にここに来たら。  そう考え、どくりと停止していた心臓が脈打つような感覚が全身へと広がった。  そうだ、それは……それだけは避けたかった。  そんな俺の顔を見て、幸喜は片手でペンを回しながらニヤニヤと笑う。 「いーじゃん別に。仲吉? だっけ? 連れてきたらいーじゃん、準一も会いたいんだろ?」 「っ、お前……他人事だと思って……」 「まそりゃ俺は他人事だけど、一応準一の気持ちも考えてやってんだけど? 俺なりにね。……だって準一、会いたいんだろ?」 「違う、俺は……」 「じゃあなんでこの用紙燃やして捨てなかった?」  藤也から用紙を取り上げた幸喜はそれを俺の眼前に突きつける。ひらひらと目の前であの下手くそな地図が揺れた。 「未練あるからだろ、仲吉に」 「っ、お前には関係ないだろ……」  そうだ、最初から俺は決めてたはずだ。仲吉をここに連れてこないと。  会いたくないと言えば嘘になるけど、相手は生活のある普通の人間だ。死んでしまった今、前のように気軽に話したりするのとはわけが変わってくる。  そんな建前をずらずら並べたところで、結局は仲吉をこいつらと関わらせたくないというのが大きな理由だった。  もし、俺と同じような目に仲吉が遭ったりでもしたら。そう考えるだけでぞっとした。 「関係ない、なあ? あるだろ、俺は。仲吉君の大事な大事なお友達殺しちゃったんだし、俺は引け目に感じてるわけだよ。一応ね」 「なにが引け目だ……っ」 「おっと、怒るなよ。……ま、一番はもちろん準一のためを思って言ってやってんだって」  瞬きをした時だった、そう笑う幸喜の手から用紙が消える。藤也が幸喜から奪ったのだ。 「……じゃあ、これいらないわけ」  地図を手にした藤也に問い掛けられ、言葉に詰まった。  二人の言うとおりだった、本当に仲吉の手元に届いてほしくなかったら燃やすなり捨てるなりしていた。  それでもそうしなかったのは、早い話自己満足だ。もし渡せなくても、あいつが渡してくれたものにあいつとの繋がりを感じていたかった。  それでも、こいつらにそんなことを言っても伝わるわけがない。俺は「ああ、いらない」と口にする。  藤也の目が細められ、それを手にしたまま藤也は幸喜に目配せさせる。  そのアイコンタクトを受け止めた幸喜はクスクスと笑い出した。 「準一ってさぁ本当変なところで強がりだよね、仲吉かわいそー。ここまでせっかく用意してくれたってのに」 「……」  言いながらも茶封筒を手にする幸喜。  処分するなら勝手にすればいい。必死に心を押し殺す。藤也は手にしていた用紙を幸喜に渡した。  そして。  「ま、そんな心配すんなって。……ちゃんと俺らが仲吉に届けてやるからさ」  藤也から受け取った地図を封筒の中に入れ、しっかりと口を閉じた幸喜はそう満面の笑みを浮かべた。  そしてその言葉を理解した瞬間、血の気が引く。 「おいっ、待てって、渡さないって言ってんだろ!」  咄嗟に封筒を取り返そうとすれば、いつの間にかに背後に回っていた藤也に手首を掴まれた。  俺よりも華奢で骨っぽい手だが、太い蔦のように絡みついて離れない。 「……準一さん、いらないって言った」 「っ、そりゃ、いったけど……それは落書きするのは構わないって意味で……あいつに渡すのは別だ……っ!」 「まあそんな深く考えんなって。あ、丁度いいや。花鶏さーん、ねえねえ、これ拾った場所まで案内してよ」 「ええ、構いませんよ」  俺が藤也に足止めを食らってる横で幸喜にを連れて出ていこうとする花鶏。まさかそんなに早く快諾するとは思ってなくて、咄嗟に「花鶏さん!」と声を上げれば花鶏は微笑む。 「貴方のためですよ、準一さん」  そう一瞬、花鶏の唇が動いたように見えた。 「待てって……おいっ!」  咄嗟に藤也を振り払い、二人の後を追いかけようと通路に出る。が、しかし一足遅かった。  既に人影はなく、ただじめっとした空気と静寂だけがそこに在った。  思いの外俺はショックを受けていた。  花鶏はまだ俺にも親身になってくれていると思っていたからだ。そんな花鶏が幸喜についたこと……いやでも、確かに花鶏は最初から仲吉を連れてきた方がいいとは言っていた。言っていたけれども。  このままでは最悪の事態になりかねない。  そう判断した俺は、消えた二人を追い掛けることにした。

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