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「な、かよし」  前方数メートル先。そこには見慣れた友人が一人ぼうっと立っていた。  花が添えられたその事故現場、そこに置かれた俺からの手紙を手にしたままあいつはそれを読み耽っていた。流石にあの幸喜藤也渾身の力作地図だけでは訳わからないだろうと思い、前夜に花鶏から余った紙と万年筆を借りて慌てて地図と一緒に封筒に入れたのだ。内容はこっぱずかしくなるので割愛するが、まぁ、要するに「俺も会いたいがお前にとっては危険がないわけではないから気を付けてくれ」みたいなものだ。  しかも仲吉が来るまで待ち伏せするならば直接言えばいいような内容なものだから余計恥ずかしい。  あいつ、滅茶苦茶真剣に読んでるな。  そんでもって俺はというと、お陰様で完全に出ていくタイミングを逃していた。  岩の上から木陰へと身を隠す俺。それに倣うように南波と花鶏も木陰へと隠れ、そっと遠巻きに仲吉を見守っていた。 「あれが噂の仲吉さんですね。なるほどなるほど。  ……それで準一さん、あなたはいつまでこうしているつもりですか」 「う……」  さっさといけ、という花鶏の圧を背中に感じる。  死後、仲吉とこうして直接対峙するのは二度目だ。  しかもその一度目はというと、まともに話し掛けることすらせず俺はその場を後にしたのだ。  もうクヨクヨ悩むのはやめたつもりだったのに、いざその時がくると物怖じしてしまう。これはもう性分のようなものだから仕方ない。 「って言われても、なんか、タイミングが掴めないっつーか……」 「大丈夫ですよ」 「もしかしたらあいつに気付いてもらえないかもしれないし」 「おや、顔に似合わず肝が小さいのですね」  顔は関係ないだろ。 「意思疏通の基本は相手側があなたを受け入れる前提として自らの意思を伝えることです。こうして現実で会おうと約束を取り付けた今、貴方がなにを杞憂する必要がありますか」 「それと、生きてる方に視て貰いたいという気持ちがあれば大抵なんとかなりますよ」視え方や受け取り方には個人差はあるでしょうが、と花鶏。  どうやら花鶏なりに背中を押してくれているのだろう。現役先輩幽霊からのアドバイスには思ったよりも効果があったようだ。気付けば、胸の内がすっと軽くなっていた。 「花鶏さん……」 「あなたが行かないのならちょっくら私がいかせていただきますよ」  ありがとうございます、そう続けようとしたときだった。  言いながら着物の袖を捲りあげる花鶏。なにをするつもりだ。 「ま……待ってください! 行きます、行きますから!」 「結局行くのですか、詰まらな……いえ、それが一番ですね」  なんなんだ、この人は。  いやもしかしたら俺を励ますための冗談なのだろう。そう思うことで俺は気を取り直すことにした。 「せっかくの感動の再会を南波に邪魔されるのもアレですし、今だけはそのリード、私がお預かりしておきましょう」という花鶏の行為に甘えてリードを花鶏に手渡す。南波は嫌だいやだ触るな離せと駄々っ子のように暴れていたが、見事な花鶏のリード捌きによって黙らされていた。  そして発破かけられた俺は木陰を出る。恐る恐る仲吉の背後までやってきたが、仲吉はこちらに気付く気配すらない。  ちらりと後方の二人に助けを求めれば、南波を羽交い絞めにしている最中だった花鶏は「頑張ってください」と拳を作って見せる。あの人ガッツポーズはわかるのか。  取り合えず視界に入ることができれば、と仲吉の前方に回り込む。が、仲吉のやつはというと地図を回転させるこに夢中になっていて、そもそも俺が見えていないのかもわからなかった。  うろうろと立ち往生していた時だった。耳元で「手の焼ける方ですね」と花鶏の声が聞こえたと思った瞬間だった。いきなり、背中を押すような突風が吹いた。 「っうわ!」  仲吉の手から地図が離れるのと、バランスを崩した俺が仲吉に向かって飛び込むような形になってしまうのはほぼ同時だった。 「ん? ……って、え」  そのとき、確かに仲吉と目が合った。そして次の瞬間、あいつは確かに「準一」と俺の名前を呼び、そして俺を抱きとめようと腕を伸ばして来たのだ。  ――お前、俺が見えるのか。  そう尋ねることはできなかった。  暗転。バランスを崩し、ド派手に転倒した俺だったがどうやら仲吉までそれに巻き込んでしまったようだ。 「……って、仲吉? 仲吉っ、大丈夫か?」 「っつ、ぅ……ッ、ん?」  下敷きにしてしまっていた仲吉の上から慌てて退き、仲吉に声をかける。すると、うーんと呻いていた仲吉だったがやがて気付いたらしい。ぱちりと目を丸くさせ、俺を見る。 「じゅん……いち……?」  聞き間違いではない、確かに名前を呼ばれた。確認するような、なぞるような、たどたどしく掠れた声で。 「仲吉……お前、俺が視えるのか?」 「ちょ……っその声、もしかして、まじで準一?」 「お前、俺が分かるのか?」  恐る恐る尋ねる。そしてがばりと上半身を起こした仲吉は、「分かるに決まってんだろっ」と俺の顔に触れてくる。両頬を挟むように手を這わされ、そして真っすぐにこちらを覗き込んでくる目。  見すぎだとか、近いだとか。言いたいことは色々あったのに。またこうして仲吉と向き合っている、その不思議な感覚に言葉を発することを忘れそうになっていた。 「な、かよし」  ほんの数秒、それでも俺たちの周りだけ時間の進み方が遅くなっているのではないだろうか、  そう思えるほどだった。段々見つめあっているこの状況に恥ずかしくなってきて、「おい」とやんわり仲吉の腕を掴んだときだった。今度は腕を掴まれ、そのままぎゅうっと抱擁される。  瞬間、全身を包み込む仲吉の体温。久しぶりに感じた人の体温。 「……よかった、俺の夢じゃなかったんだな」  耳元、聞こえてきた仲吉の声は喉から絞り出すような声だった。  いつも喧しい仲吉のそんな弱弱しい声なんて、いままで聞いたことなかった。だからこそ余計、抱きしめてくる仲吉の手を振り払うことができなかった。 「だから夢じゃないって前も言っただろ」 「ああ、そうだな。この触り心地は本物の準一だ」  わしわしと後頭部を撫でてくる仲吉は最後にぺしんと頭を叩き、朗らかに笑いながら俺から手を離す。  全く痛くない、だけど確かに触れられた感触が残っていた。そこを擦りながら俺は「意味わかんねーよ」と顔をしかめたが、それもすぐに弛んだ。そんな俺に、仲吉は楽しそうに笑い声をあげた。

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