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03

 もう二度と会えない。  一度はそう思ったいた相手が目の前にいて、こうして話したり触れたりすることができる。  現実は小説より奇なりとは言ったものだが、生きていた頃の俺ならばこんなこと信じられなかっただろう。  寧ろ、これが夢だと言われた方がまだ信じられるかもしれない。 「取り敢えず……ごめんな、遅くなって」 「それと、久し振り」立ち上がった俺達は改めて向かい合う。 「そうだな。まさか、本当に戻ってくるとは思わなかったけど」 「こんなご丁寧な手紙まで用意してそれは無理があるだろ。てか、ずっとここにいたのか?」 「べ……別に、たまたまやることなかっただけだ」 「なんでそこで照れてんだよ。待っててくれたんだろ? 俺が来るの。……てか、変なの。さっきまでなにも感じなかったのに、急にお前が現れるんだもんな」  ――急に?  なんとなく仲吉の物言いに引っかかる。  そういえば仲吉に気付いてもらなかったとき、花鶏の声が聞こえて急に風が吹いたような気がしたが。  先程まで花鶏たちがいた木陰へと振り返るが、そこには人影すらなかった。  そして、 「何事にも舞台装置というのは必要となります。霊感のない相手ならば、ぽるたあがいすと等で存在を主張することから入るとより効果的でしょう」  その声はすぐ俺の背後から聞こえてきた。  ぎょっと振り返れば、そこにはいつの間にかに気絶して伸びてる南波と、それを引きずり立つ花鶏がいた。  そして、その姿は仲吉にも見えているようだ。 「あ、花鶏さん……」 「誰?」 「とまあ感動の再会はさておき、お噂はかねがね聞かせていただいております。貴方が準一さんの大切な御親友――仲吉さんですね」 「お、男……?」 「ええ、私は花鶏と申します。是非あとりん、とお呼びください」  現れた花鶏はそういつの日か俺に見せたときと同じ柔和な笑みを貼り付け、仲吉に握手を求めるのだ。  いつの間にか音もなく現れた花鶏に驚いた様子の仲吉だったが、目を丸くしながらもその握手に応えてるこいつもこいつだ。警戒心を持てとあれほど手紙に書いていたのに、と思いつつも花鶏相手にはその対応は正解だ。 「あとりんさんすね。ここにいるってことは……もしかしてあとりんさんも準一と同じなんすか?」 「ええ、ご明察の通りです。準一さんにはよくお世話になっております」 「準一が?」 「あ、花鶏さん……余計なこと言わないでくださいよ」 「ええ、わかっております。貴方に不名誉なことなどは一切口外するつもりはありませんのでご安心を」  それがもう俺にとって不名誉ななにかしらがあると言ってるようなものなのだが、仲吉のやつはなにもわかってないようで「すげー!生幽霊!」と目をキラキラさせてる。アホで助かった。 「えと、それで……そこで伸びてるのが……」  南波のことも一応紹介した方がいいだろう。  そう、泡を吹いてピクピク痙攣してる南波に目を向ければ、「まだ誰かいるのか?」と仲吉は不思議そうな顔をした。 「え? ……お前、見えないのか?」 「気を失った相手とは意思疎通は不可能です。生きてる相手となるならソレを可視することもできません」 「因みに、意思疎通する気のない死者にも同様ですね」と花鶏は静かに続ける。  仲吉に見る気があったところで片方が拒否すれば姿を見ることもできないということか。  その言葉を聞いて俺は、前回仲吉に気付いてもらうという意志すらなかった自分のことを思い出した。 「へぇ、あとりんさん詳しいな。何言ってんのかよくわかんねえけど」 「わかんねえなら黙っとけよ」 「なんだよ、俺だけ仲間外れにするなって! それに、今回はちゃんと勉強するために色々準備してきたんだからな」 「ほら」と仲吉は肩に背負っていた大容量リュックを持ち出し、その中から色々取り出そうとしてくる。絶対必要のないノートにタブレットPC、よくわかんねえ胡散臭い雑誌、エトセトラ。 「てか電波繋がんねえからここ」 「あ……」 「『あ……』じゃねえよ『あ……』じゃ……ッ! 落としたら危ないからちゃんと仕舞っとけ」  本当にこいつはなんなんだ。しゅん……としながらゴソゴソと再びリュックに戻していく仲吉。そんな仲吉と俺のやり取りを見ていた花鶏は、ふふ、と声を漏らす。 「本当に仲がよろしいんですね。……貴方がそんな風に誰かと親しげにしているところ、私、初めてみましたよ」 「花鶏さん、冷やかさないでください。こいつ調子乗るんで」 「こいつ口うるさいんすよね、本当俺のことどんだけ大好きなんだよって……」 「お前はもう静かにしてろ!」  恥ずかしい反面、まるで今までと変わりない態度の仲吉に懐かしさどころか会わなかった期間のブランクすらも感じないことに驚いた。  こいつがおかしいのだ。俺も花鶏も死んでるのに、当たり前のように接してくるこいつが。  だからこそ安堵する自分もいるのだが、それを素直にこいつに言う気にはやはりなれなかった。  そんな他愛ない会話を交わしていたときだった。ふとぽたりと地面に小さな雫が落ちてくる。 「おや、やはり降ってきましたね」 「うわ、雨? やべ、傘持ってきてねーわ」 「お、お前な……」  最早突っ込む気にもなれなかった。  俺は先程花鶏から借りていた傘の存在を思い出す。どうやら転倒した拍子に手元から離れていたらしい、地面の上転がっていたそれを拾い上げ、差す。哀れになるほどのオンボロ傘だが、ないよりかはましだろう。 「……ほら」  そう仲吉の頭上へと傘を翳せば、仲吉はこちらへと目を向ける。そして、俺の手ごと傘の取っ手を掴むのだ。 「お前も入れよ、準一」 「いや、俺は……」 「いいではございませんか、入れてもらえば」 「霊体も心が冷えると風邪を引きますからね」と花鶏はどこからともなく鮮やかな和染めの傘を取り出すのだ。しかも俺が持ってるやつよりもご立派なやつだ。 「雨脚が強くなる前に移動しますか」 「移動って……」 「ご案内しましょう、我々の住処へ」  そう花鶏は微笑んだ。  やはりこうなるのか、と思いながらも俺は隣の仲吉を盗み見る。完全に観光気分のやつに生きた心地がしなかったが、俺も腹を括るしかない。  人知れず俺は溜息を吐いた。

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