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 洋館への道中、先導する花鶏。  そして俺の背中にはぐったりとした南波がいて、その隣にはボロ傘を手にした仲吉がついてきていた。  花鶏に言われて気を失った南波を背負っているのだが、さっきからなんか背中がじわじわ濡れてきている。もしかして血じゃないだろうなとヒヤヒヤしたが花鶏はというと手伝う気無いし、だからといって南波が目覚めるのを待っている間花鶏と仲吉を二人きりさせるのも怖いし南波を引き摺るわけにもいかない。  悩んだ結果この形に落ち着いたのだが、もしかしたらこれは南波を虐めていることになるのだろうか。南波さんごめん。 「そう言えば、あとりんさんと準一ってどういう関係なんですか?」 「私ですか? ……まあ、一言で言うなら主人と奴隷といったところでしょうか」 「っていうのは嘘だからな」  仲吉のやつが真に受ける前に速攻修正しておく。 「仲吉、お前に幽霊屋敷のことは話しただろ。そこに住んでる……まあ、大家さん?」 「幽霊屋敷の大家さん?! すげー、サインください!」 「お、おいこの馬鹿……っ!」 「ええ、構いませんよ。背中でいいですか?」 「花鶏さんも付き合わなくていいですから……!」 「なんだよ、準一にはちゃんとあとから別に貰うから拗ねんなよ」 「そういう問題じゃないんだよ」  なんかこの二人が組み合わさったら余計疲れてくるんだが、この先屋敷に辿り着いたら俺はどうなってしまうのだろうか。 「てか、幽霊屋敷ってことは他にも幽霊がいるってことか? えーと、さっきの南波さん? 以外にも」 「まあ……多分後で会うと思うけど、俺の知ってる範囲だとあと三人いるな」 「三人? ふーん、結構少ないんだな」 「少ないのか?」 「ここ、人気自殺スポットだろ? もっといっぱいいるのかと思ったけど」 「一時期は賑わっていたときもありましたが……まあ、最終的に未練たらしく残っている人数と受け取ってもらって構いませんよ」 「あ、そっか……ずっと居続けるわけじゃないのか」  花鶏の遠慮ない言葉がぐさりと突き刺さるが、確かに仲吉が疑問に思うのも仕方ない。  花鶏の言葉を聞いた仲吉はなんだかすこし考え込んでるようだ。急に喋りだしたと思えば静かになるのも別に珍しいことではないが、なんとなく仲吉が気掛かりだった。妙なことを考えてないといいが。  なんて思いながらも、雨脚が強くなる中屋敷へと向かっている最中。 「ん……、ぁあ?」  どうやら南波が意識を取り戻したようだ。  もぞ、と背負っていた肉塊が動き出し、続いて寝ぼけたような声が聞こえてきた。  「あ……南波さ……」  ……ちょっと待て、この体勢は南波にはヤバイんじゃないんだろうか。  そう、察したときだった。 「っ、うわぁあッ!」 「あ……っ!」  どうやら手遅れだったようだ。俺の背中から慌てて飛びのこうとしたようだ。地面の上に背中から転がり落ちる南波に、こっちがびっくりしてしまう。そして俺から離れようとすると例のごとくリードが働くわけで。「ぐえっ!」と首を締められた南波はそこで落ち着きを取り戻したようだ。 「あ、れ、あ……じゅ、準一さん……?」 「お……おはようございます」  俺をなにかと間違えていたようだ。  目の前にいたのが俺だとわかると、だらだらと流血し始めていた南波がぴたりと止まる。血も傷口へと吸い込まれるように戻っていった。 「準一? 急に一人で騒ぎ出してどうした?」 「ああ、南波が目覚ましたんですよ」 「南波って、ああ、さっき言ってた……」 「南波、南波。準一さんのお友だちの仲吉さんです。挨拶してはどうですか」  立ち止まった花鶏はそのまま南波を振り返る。  が、南波はというと案の定「嫌だ」と即答していた。 「おや……」 「あとりんさん? 南波さんなんて?」 「申し訳ございません。南波は少々人見知りが激しい性分なもので、『男の人と話すの恥ずかしいよう』と隠れてしまいました……」 「誰もんなこと言ってねーだろ! 余計なこと言うんじゃねえ!」  花鶏に掴みかかろうとする南波だがリードが仕事しているお陰で南波の無駄死にを阻止することに成功した。  とはいえ、こんなに傍できゃんきゃん吠えているのに仲吉からは南波の声は何も聞こえないのだ。  なんだか改めて壁を感じてしまうが、これが本来ならば普通なのだ。そう思うことで自分を納得させる。 「他の住民も少々引っ込み思案……ええ、人見知りの方が多いのですぐに姿を現すかはわかりませんが、そのときはどうぞ仲良くしてあげてくださいね」 「なるほど、でも確かに幽霊ってそのイメージあるしな……寧ろ燃えてきました」 「……」 「無視すんな」と噛み付く南波を無視して仲吉と交流する花鶏。まあ間違いではないが、正しいかと言われれば答えはいいえだろう。  変に炊きつけられてる仲吉を見てなんだか胸がざわつく。俺はそっと花鶏の着物の裾をくいくいと引っ張った。すると「ん?」と花鶏がこちらを振り返るのだ。 「……花鶏さん、あんまり仲吉を煽るようなこと言わないでください」 「と、言うと?」 「今のですよ。……仲良くとか、ほら、ただでさえあいつオカルト好きだから調子乗って長居してしまうかもしれませんし」 「それもそれで楽しそうじゃありませんか」  本当にこの人は簡単に言ってのける。 「大丈夫ですよ」なんて無責任に笑うのだ。それなのに、花鶏の言葉だと不思議と本当に大丈夫なような気がしてしまうのだから恐ろしい。  ……とにかく、本人がこうだ。俺がこいつの分まで気を付ければいい話なのだけれど。  なんて頭を痛めていたときだ。  ようやく鬱蒼とした樹海から開けた空間が広がる。蔦に覆われた古びた門とともに現れた洋館に仲吉は「まじか」と呟いた。  屋敷の上には雨雲がなく、先程までの雨が嘘のようにそこだけは晴れていた。  見慣れた洋館と、それを囲むように生える青々と繁った木々。真夏の日差しを受けているにも関わらず、どこかどんよりとした雰囲気を纏う屋敷のその扉の前。立ち止まる花鶏はこちらを振り返った。 「ようこそ、仲吉さん。――貴方をお待ちしておりました」 「なにもない場所ですが、どうぞごゆるりとしていってくださいね」そう青白い顔に笑みを浮かべ、微笑む花鶏に仲吉は聖地巡礼するオタクのようにはしゃいでいた。そんなやつを横目に俺は傘を閉じる。  当初『ここ』にくることを楽しみにしていた仲吉のことを知っているだけに、あまりのはしゃぎっぷりに少しだけ救われた気がした。  嫌な予感は相変わらずしたままだ。

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