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05
蝶番の扉は俺達を招き入れるかのようにゆっくりと開かれる。
俺が扉から出入りするときは手動でしか開かないくせに、これも雰囲気づくりということか。花鶏のファンサにはしゃぐ仲吉になんとも生ぬるい気持ちにさせられながらも、俺達は館内へと踏み入れる。
「すげぇ! 城じゃん!」
「おい仲吉、あまりはしゃぎすぎるなよ」
「わかってるって! あ、あとりんさん写真撮ってもいいっすか?」
「おい、人の話聞いてたのかよ」
言った傍から携帯取り出す仲吉になんだか頭が痛くなってきた。
そんな俺に、花鶏はまあまあと宥めてくる。
「写真なら好きなだけ撮ってくださっても構いませんよ。その際、機械の安否は保証できませんが」
さらりと恐ろしいことを言い出す花鶏にぞっとする。流石にそんな脅しされたら仲吉も引き下がるだろうと思った矢先、「やったー!」と手を挙げて喜ぶ仲吉に頭が痛くなってきた。
けれど、嬉しそうな顔してカメラ取り出す仲吉を見てると本人が良しとしているのに水を差すのも悪い気がしてくる。
……まあ、仲吉がいいんならいいか。
「外は結構雰囲気ありましたけど、中は結構綺麗なんすね。前どっかの雑誌でここの写真見たときはわりといかにもって感じだったんですけど」
「ああ、そう言えばこの間カメラを持っていた方が来てましたね。あのときはいきなりのご来訪だったのであまりおもてなし出来なかったのですが、今回は事前に聞いてたので皆さんと掃除をさせていただいたんですよ」
「あーそういうことなんですね。でも俺あの写真みたいな雰囲気好きでしたよ、今にも崩れ落ちそうな感じとか」
「なるほど、近頃の若い方はそうなんですね」
「花鶏さん、そいつだけっすから。廃墟好きなの」
「ほんと準一にはロマンってのがないよな。ま、この感じも異空間に迷い込んだって感じですげーアガるけど」
感じ、じゃなくてここは本物のお化け屋敷なんだけどな。
本当にこいつはわかってんのか。花鶏がフレンドリーすぎるからお化け屋敷のキャストの人と間違えてないだろうか。
南波も俺と同じことを考えていたらしい、あまりのミーハーっぷりに「あいつ、ここがなんなのかわかってんのか?」と南波も引いていた。
「やっぱお化け屋敷っていったら血溜まりによく見たら顔に見える染みとか、天井に張りまくって何層にもなってる蜘蛛の巣とか? あ、あと外れた床にいきなり開くドアだろ!」
「お前はホラー映画の見すぎだ。古典的すぎんだよ。その偏見やめろ」
「ふむ……なるほど、血溜まりですか」
「なんでこっち見んだよ……っ」
言い争う俺たちを他所に、花鶏の反応に南波は青ざめていた。いけない、花鶏までB級ホラー観に染まってしまったら南波が可哀そうなことになってしまう。
花鶏の考えが手に取るように想像出来てしまい、「新鮮な血じゃ駄目ですよ」と慌ててフォローすれば花鶏は「それは残念です」と微笑む。冗談に聞こえない。
そんな和やかとは言い難い空気の中、俺は仲吉から目を離さないようにしつつ辺りの気配を探る。
あの悪霊、もとい幸喜がいつやってくるかそれが何よりも気がかりだった。
ロビーに入ってまず視界に入る二階へと続くY字の階段、そこから二階を見上げてみるが人影はない。いまのところだが。
「探索もいいけど、お前もバタバタして疲れてるだろ。一旦どこかで落ち着かないか」
そう仲吉に声を掛ければ、仲吉よりも先に花鶏が「それは名案ですね」と手を叩く。
「仲吉さんが来るかもと聞いて、応接室の方も掃除させていただいたんですよ。内装や家具の経年劣化はどうしようもできませんでしたが、逆に仲吉さんの好みになっていつのではないでしょうか」
「へえ、行きたいっす!」
「……」
しまった、俺の予定ではこのまま幸喜に見つかる前に俺の部屋まで連れていくつもりだったのに。
俺が止めるよりも先に、「では向かいましょうか」と仲吉連れて二階へと向かう花鶏。不安はあったが、まあ覗くくらいならと俺も渋々その後を追うことにした。
どこを言ってもアホみたいにはしゃぐ仲吉を連れてやってきた応接室前。
俺がその扉を開こうとするよりも先に目の前の扉が開き、ぎょっとする。
「まじで開いた!」と、鼻息荒くカメラを構える仲吉。
そして扉の向こうから現れたそいつ――奈都はいきなり向けられたレンズにぎょっとする。
「うわ、わ。え? なんですか? あ、ちょっ、カメラやめてください……っ!」
そう慌てて扉の陰へと隠れる奈都だったが、どうやら仲吉にはその声も姿も見えていないようだ。
一人手に開いたり閉まったりする扉に、仲吉は更に「おい、準一見たか?」と大興奮していた。
……俺からしてみれば、いじめである。
「カメラやめてください……!」と怯える奈都が可哀想で仕方なかったので、俺は仲吉を止めることにした。
「おい仲吉、それ仕舞えよ。嫌がってんだろ」
「まじ? 嫌がってんの? っていうかばっちり映った?」
「……それはわかんねえけど、取り敢えずそこにいるから」
一人、と指で一を作れば仲吉は「まじで?!」と目を輝かす。そして大人しくカメラを仕舞ってくれた。
ようやく向けられるレンズがなくなり、安心したようだ。おずおずと部屋から出てきた奈都は、俺と花鶏に目を向けた。
「あの、皆さん……これは一体……」
「あーええと、ほら、前に言っただろ。こいつは俺の知り合いの仲吉」
「知り合いってなんだよ。親友の間違いだろ」
「うっせーんだよお前は、話ややこしくなるから」
「ややこしくなるってなんだよ」とまたぷりぷりしだす仲吉はさておきだ。
「……取り敢えずどうしてもってしつこいからちょっと見学させるんだよ」
「ああ……そういうことでしたか。……ということは、その、僕たちのことは……」
「奈都のことは見えてない。俺と花鶏さんは見えてるっぽいけど……」
そう続ければ、なるほど、と奈都は頷く。
ひとまず落ち着いたようだ。けれど、今度は仲吉の方がなにやら言いたいことがあるようだ。
「なんだよ、ちょっと見学って」
しかも引っかかるところそこかよ。
「ちょっとはちょっとに決まってるだろ」と言い返せば、仲吉は納得いかなさそうにこちらを見るのだ。
「ちょっとはねーだろちょっとは。せっかく、夏休みの間あの旅館の部屋借りることにしたのに」
そして、さらりととんでもないことを言い出す仲吉に「はあ?」と思わず大きな声が出てしまう。
「おやおや、楽しそうではありませんか」と笑う花鶏はもうこの際置いておこう。
問題は目の前のこいつだ。
「おい、どういうことだよそれ」
「どうもこうもそのままだけど? そうすりゃ、毎日でも遊びに来れるじゃん」
「お前にも会えるし」なんて楽しそうに笑う仲吉。
あの旅館というのは、俺達が宿泊していた旅館のことだろう。こんな死亡事故があった直後だ、揉めなかったのかとか色々聞きたいことはあったがそれよりもだ。
「ば……っかじゃねえの。なに考えてるんだよ、聞いてないぞそんなの」
「そりゃ初めて言ったし? つーか馬鹿ってなんだよ。そんな怒んなくていいだろ」
「怒ってない、呆れてるんだよ。大体……せっかくの夏休みだろ? 家にはなんて言ってるんだ、それに課題だって……つうかこんな山奥にずっと居たって仕方ないだろ」
「だから、準一に会いに来るからいいじゃん」
「……ッ、……」
……頭が痛くなる。
こいつは前からこうだった、恥ずかしげもなくそんなことを言うのだ。
本当は言いたいことはもっとあったはずなのに、その一言で思考がフリーズする。
後先も考えずに直感で行動ばかりし、周りを掻き乱す。
大学生にでもなれば多少ましになると思ったが、余計な財力を持ったお陰でそれは悪化しているように思えた。……が、よく考えたら前からだ
段々ムカついてきたが、それ以上に顔が熱くなっていく。くそ、落ち着け。鎮まれ。絆されるな。
これは俺だけの問題ではない、これを許せば絶対調子に乗り出すぞこいつ。
「……っだから、そういうところが考え無しなんだよ」
「なんだよ考え無しって。俺からしたらよく考えた結果なんだよ」
「俺が準一に会いたいんだからいいだろ、ほうっとけよ」とまるで捨て台詞のように吐き捨てるのだ。
だから、なんでこいつは平然とそんなことを口にできるのだ。
遠回しに、というかド直球で会いたいと言われ、あまりにもストレート過ぎる言葉にこちらが恥ずかしくなってくる。じわじわ顔が熱くなり、ムキになればなるほど馬鹿馬鹿しくなってきた。
「なんだか聞いててこちらまで恥ずかしくなってきましたね」
「……その、仲がよろしいんですね」
そんな生暖かな目で花鶏と奈都に見守られ、俺はなんだか生きた心地がしなかった。
……生きてはいないが。
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