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07
「見覚えって……どういう意味だよ」
「んや、どっかで見たことあるような気がすんだけど思い出せなくてさ。……こう、なんか喉に小骨が引っ掛かった感じがすんだよな」
「……奈都って、それ死ぬ前ってことだよな」
生きてて尚且つここに初めてやって来た仲吉にとって、既に亡霊である奈都との接点となるとかなり限られてくる。
「そうなるよな、多分」
「確かに……見た目は俺たちと年齢近そうだけど、多分奈都は死んでから一年は経ってるんじゃないか」
いつの日か、奈都に西暦を尋ねられたことを思い出した。
自分が死んでからどれほど時期が経ったのかわからなくなって確かめたのだ、奈都は。
「でも確かに見たことあるんだよな、あの顔。……なんだっけな」
「……」
花鶏が奈都のことを新入りと呼んでいることを考えれば、もしかしたら奈都が死んだのは最近で、実は仲吉と同じ大学に通う学生というのもあるが……まあ、普通に考えれば。
「他人の空似だろ」
「かなあ、やっぱり」
奈都の背格好自体は平均より背が高い以外特に特徴はないし、顔そのものもパッと見顔色の悪さと目付きの悪さが気になるものの目立ったものもない。
つまり、接点を探すのより気のせいという可能性の方が確率はあるわけだ。
「それで……わざわざこんなところまで来たんだから他に用あるんだろ?」
「なんで分かるんだ?」
本当にあるのかよ、と思ったが、あの空気を読まないことで評判の仲吉が気を利かせるくらいだ。
なんとなく胸の奥がざわつくのを感じながら、「そりゃあな」と格好だけ決めておく。
が、仲吉は笑うどころかどことなく微妙な反応だ。寧ろ、本人も態度を決め兼ねているようなそんな顔をする。
「んーまあね。つかまあ……報告みたいな」
珍しく仲吉の歯切れが悪い。
先程までヘラヘラしていたやつの表情が曇るのを俺は見逃さなかった。
――正直、嫌な予感しかしない。
「それで、なんだよその報告って」
「この前、準一に言われて言われて救急車呼んだじゃん。あの人だけど、あのあと搬送先の病院で亡くなったよ」
あの人、と言われて先日自分が助けようとした旅行者の姿が脳裏を過る。
不思議と驚きはしなかった。最悪の事態を覚悟していたからショックが少なかったのだろう。
……そう思いたい。
「……」
「なにがあったのかよく知んないけど一応報告した方がいいと思ってな」
「そうか」
ショックはない。が、その代わり強い虚脱感に襲われる。
「俺がもっと早く救急車呼んどけばよかったんだろうけど、うちからの電話じゃこっちの地域所轄外だったんだよ」
「だから、慌てて車走らせたんだけどな」その先は、仲吉も言葉にはしなかった。
それが、救急車が遅れた理由なのだろう。
確かに、あの時はよく考えずに仲吉を頼ったが土地の問題があった。そこまで気が回らなかったのは俺だ。
「いや……ちゃんと引き取ってもらえただけでもましだろ」
「悪かったな、仲吉」本来ならば振り回されたのは仲吉だ。俺が仲吉をフォローしなければならないはずなのに、何故だか仲吉にフォローしてもらってる自分が可笑しかった。
……そうだ、自分の行動は無駄ではなかった。
こんな山奥に閉じ込められて死ぬよりかはましだろう。どちらにしろ死ぬのだったら家族や知人に囲まれて死ぬ方が、遥かに。
我ながら言い訳染みていると思ったが、そう思わないとやるせなかった。
自分を正当化したところで亡くなった命はどうしようもないとわかっていてもだ。
会話が途切れ、気まずい空気が流れた。
仲吉と二人きりのときの沈黙が苦になることなんてなかったのに、今はなんとなく居心地が悪かった。
「準一、あんま気にすんなよ」
「気にしてねえ、けど……いや、嘘。気にしてる」
「だろうな、顔にでっかく書いてる。お前って昔から真面目だもんな」
「昔って……お前、俺の昔知らないだろ」
「高校のとき?」
「昔に入らねえよ」
そう返せば、仲吉は笑った。
やつなりに空気を変えようとしてくれたのだろう。
こいつの底抜けの明るさやポジティブさは鬱陶しいときもあるが、今は救いかもしれない。
「もし俺が人間だったら、すぐに助けを呼ぶこともできたんだろうな」
「は?」
「って、考えてるだろ」
そう、こちらを覗き込んだ仲吉は笑う。
「……言われて、思った」
「もしかして俺余計なこと言った?」
「いや……確かにそうだな」
幽霊になれば腹は減らないし睡眠も必要ない。
寿命や病気の心配もない、そう思っていたはずなのに、実際はどうだろうか。
生きてること当たり前だったことができなくなり、できなかったことが当たり前になる。
「不便だな」
思わず自虐っぽくなってしまったが、これ以外に言いようがない。
そんな俺の言葉に、仲吉は「じゃあさ」と笑う。
「そんときは今回みたいに俺を呼べよ。俺頼ってくれりゃあ、俺達無敵の怖いもんなしじゃね?」
近付いてくる仲吉に手を取られ、驚いた。
仲吉に触れられた箇所に確かに掴まれたような感触と、ほんのりと暖かな熱を感じたのだ。
日頃、同じ幽霊たちとしか触れ合うことがないからだろう。生身の、それでいて仲吉が相手ということもあつてか生前ならば意識しなかったことを意識してしまう。
「……」
「……あれ? 反応悪くね?」
「いや、お前の手……暖かいな」
「え? 俺の手?」
指摘すれば、仲吉は自分でぎょっとした顔をしていた。が、その手は離されなかった。
それどころか、ぎゅっと握り締められて思わず「おい」と睨む。
するが、仲吉は怯むどころか「なあ」と更に小声で聞いてくるのだ。
「俺の手の感触……ちゃんとすんの?」
「なんで小声なんだよ……。する、てか、触れられてるってのを認識して理解する……みたいな」
「なに言ってんのかよくわかんねーけど、俺の手、ぽかぽかすんの?」
「んな言い方はしてねえだろ。……ってか、いつまで握ってんだよ」
そう振り払えば、仲吉は「なんだよ」とむっとする。お前の方こそなんだよ、と言い返しそうになったが、確かに感触のことは俺も気になった。
「お前の方は、俺の手とか触れてるとかってわかるのか?」
「準一のは分かる」
「……俺は真剣に聞いてるんだぞ」
「なんだよ、俺だって真剣だっての。……というか、まああとりんさんとか、奈都とかひんやりってか……空気触ってるような感じだったな」
空気触ってる感じか、触れてると思い込んでるってことか?だとしたら、俺と似てるが。
「へえ」と相槌を打てば、「お前は別」と仲吉は小さく呟く。
「別ってなんだよ」
「……なんか、触れたとき心臓から準一が入り込んでくるってか、『準一だ!』ってなるっていうか……」
「……」
「おい、なんだよその目。信じてないのかよ」
あまりにもこっ恥ずかしいことを言うものだからびっくりしてんだよ、と言い掛けて辞めた、
「大袈裟なんだよ」とだけ返し、俺はこの話題を変えたくて咳払いをする。
「……取り敢えず、花鶏さんたちにああ言ったんだし行っとくか。屋敷案内」
そう提案すれば、仲吉は「名案だな!」と手を叩く。
「なあ、準一の部屋に連れて行ってくれよ。あるんだろ?」
「あるにはあるけど……言っとくがなんもねえからな」
「いいよ、お前の部屋無駄に片付いてたもんな」
「無駄なことはないだろ」
というか、お前の部屋が散らかりすぎなんだよ。
なんて言いあいながら、仲吉とともに自分の部屋へと向かうことにした。
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