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「お前、見え……」 「そうそう幽霊! つーか見えるようになったんだね、よかったよかった~! 準一が仲吉仲吉仲吉仲吉仲吉仲吉って煩かったからこれでようやく準一が寂しくならなくて済むんだ、おめでとう!」  見えるのか、と続けようとする俺の声は幸喜によって掻き消される。  そして幸喜は一瞬の内に消えたと思えば、次の瞬間にゅっと俺と仲吉の間へと割り込んでくる。  やつの瞬間移動に驚く暇もなく、あいつは笑顔を浮かべ「やるじゃん」と大袈裟な拍手をするのだ。 「……っおい……」  こいつが現れたことも最悪だが、余計なことまでぼろぼろと口にする幸喜に動揺せざる得ない。  勝手なことを言うな、と睨めば「別に隠さなくてもいいじゃん?」と歯を見せて笑うのだ。  そして俺の隣、呆気取られていた仲吉の胸に指を突き立てる。 「ずーっと準一、お前のこと気にかけてたんだよ」 「俺?」 「そう、お前だよお前」  いきなり現れて捲し立ててくる幸喜に流石の仲吉も圧倒されているようだ。  あまりの近距離、何をしでかすか分からないやつなだけに俺は咄嗟に「幸喜」と仲吉から引き剥がそうとしたときだった。  俺がそうするよりも先に、音もなく幸喜の背後に立った藤也が幸喜の首根っこを掴み、半ば強制的に引き離す。 「なんだよ、邪魔すんなよな藤也。別に俺嘘ついてないだろ?」 「知らない」 「出た出た、『知らない』。知らねーやつの前だから緊張してんの? それとも準一の前だからカッコつけてんの?」 「どうでもいいって言ってんの」  そう問答無用で抜け出そうとしていた幸喜を再び引きずる藤也。  あの暴走機関車のような幸喜を片手で止めていることに驚いていると、ふと藤也は俺の方を見上げる。 「……もう帰るの?」 「あ……ああ。こいつを長居させるわけにはいかないし」  幸喜がいる手前、また来るだとか余計なことは言わない方がいいだろう。  そうはぐらかしたとき、そこでようやく固まっていた仲吉がくいくいと俺の服を引っ張ってくる。 「なんだよ」と顔を向ければ、仲吉は「つかなに、あとりんさんの言ってた他の住人?」とひそひそと小声で尋ねてくる。 「あー……まあ、そんな感じだな」 「お? なになになに? もしかしてもう花鶏さんたちに会ったの? ってことは奈都屋南波さんとも?」  すると、地獄耳幸喜は藤也の拘束から抜け出しまた仲吉の隣に現れた。  にゅっと当たり前のように会話に混ざってくる幸喜に流石の仲吉も「おわっ!」と驚きの声をあげる。 「なにそれすげえ、瞬間移動?」 「あは、だろ? 仲吉にもできるようにしてやろうか?」 「え、まじで……」 「おい幸喜!」  あまりにも笑えない冗談を口にする幸喜に血の気が引く。自分でも予期せず大きな声が出てしまい、遠くで鳥が数羽羽撃く音が聞こえてきた。  青ざめる俺に「必死じゃん、準一」と幸喜は喉を鳴らすのだ。 「ま、お楽しみは後からっていうしな」 「お前な……」 「それより、自己紹介だっけ? 俺は幸喜。んであっちにいるのが俺の弟の藤也君です!」  そう、木陰の下で退屈そうにしていた藤也を指す幸喜。意外にも素直に自己紹介する幸喜に驚いたが、それよりも「あっち?」と小首傾げる仲吉に引っ掛かった。 「お前……藤也は見えないのか?」 「トーヤ? トーヤってやつがいるのか?」 「おい藤也、出てこいよ! 仲吉がお前に会いたがってんぞ~!」  どうやら意図的に藤也は自分の姿を隠しているようだ。  幸喜に煽られるが、藤也は表情ひとつ変えない。どうやらよろしくするつもりはないようだ。  藤也なら仕方ないか、と納得できてしまうのだから不思議だ。寧ろ、俺は幸喜にもそうしてほしいと切に思うが。 「藤也は恥ずかしがり屋さんだからな。ま、俺の可愛い弟君だから仲良くしてやってくれよな。あ、もちろん俺とも!」 「ああ、よろし――」  何気ない仕草で仲吉に手を差し出す幸喜に、これまた何気ない仕草でそれを握り返そうと手を伸ばす仲吉。その不自然に丸まった幸喜の手に目を向けた俺はぎょっとした。  そして咄嗟に幸喜の拳を掴めば、突然握手の邪魔をされた仲吉は「準一?どうした?」と目を丸くするのだ。 「こんなところで愚図ってる暇ないだろ。ほら、さっさと行けよ」  握手の邪魔をされたのが意外だったのか、驚く仲吉に構わず俺はそう急かせば物分りの悪いあいつも何かを気取ったようだ。「ん、ああ」となんとなく戸惑いつつも仲吉はそのまま歩き出すのだ。  感じはよくないだろうが、仲吉を離れさせるためだ。後で謝ればいいだろう。  思いながら、固められた幸喜の指を剥がす。 「んじゃ、またな」  そう少し寂しそうにする仲吉だったが、すぐに気を取り直したように笑顔を浮かべこちらへと手を振り返すのだ。  そしてそのまま仲吉は離脱した。  残されたのは俺と双子のみ。  僅かにゆるくなった幸喜の手の中、いつの日かと同じように仕込まれたガラスの破片をもぎ取った俺はそのまま遠くへと放り投げた。  ガラスの破片を握った拍子に掌が傷付けられたらしい、掌からポタポタと滴る血液を感じながら俺は目に前で笑ってる幸喜を睨んだ。  手で握って隠せるくらいの大きさだったが、使い用によっては重傷に追い込むこともできる。 「あれ? 準一って人が話してんの邪魔するような意地悪な人だったんだ?」 「あんなもの持って握手しようとするやつに言われたくねえよ」 「ははっ! そんなこと言うなよ、せっかくこっちに来たんだから仲間外れは可哀想だろ?」 「お前がやんねーから俺が代わりに一皮脱いでやったっていうのに酷いよな」笑う幸喜に罪悪感は微塵も感じられなかった。  何が、俺のためだ。  こいつの言葉を真に受けるだけ無駄だと分かっていても腹立たしかった。 「準一、手、血ィ出てるよ」  幸喜の言葉に釣られて自分の掌に視線を向ける。  先ほど、破片を奪った拍子に傷付けてしまったようだ。恐らく、それ以外にも原因はあるのだろうが。 「……っ、お前のせいだろうが」 「そんなに仲吉殺されたくないんだ? そんなにムキになっちゃうなんて、本っ当準一ってかわいーよね」  幸喜に隠れ、服の裾で掌にべっとり付いた血を拭うように傷を治そうとした矢先だった。  伸びてきた幸喜の手に、たった今傷を治そうとしていた腕を掴まれる。 「……っ!」 「あはっ、せっかく塞がったのにまた出てきちゃったね~血」 「さ、わるな……ッ」 「そんなに毛嫌いしなくったっていいだろ? 俺は準一と仲良くなりたいだけなんだし」 「あ、もちろん仲吉ともな」と歯を剥き出しにして笑う幸喜に背筋が凍り付く。  こいつの言葉に裏もなにもない、何も考えてない発言だとしても不愉快だった。  幸喜に掴まれた腕、その皮膚の下で細胞がさざめき立つような感覚がただ不愉快だった。ぶちぶちと毛細血管が千切れるような感触がし、俺は必死にそれを意識しないように幸喜の手を振り払おうとするがやつの手はびくともしない。 「っ、……なに」 「なにって、せっかく仲吉と遊ぼうと思ったのに逃がされちゃったから、こうなったら準一で遊ぼうかなって思ってさ」 「……っ、どうしてそうなるんだよ」 「んー、ムカつくから?」 「……は?」 「だってせっかくイイとこだったのに、準一邪魔しちゃったじゃん。一応準一のためでもあったのにさ」  いけしゃあしゃあとこの男は勝手なことを言い出すのだ。 「俺のためって……」 「準一も欲しいだろ? 新しい“友達”」 「だから連れてきたんだろ、あいつ」と平然と幸喜は口にした。ああ、と思った。やはりこいつとは分かり合えない。 「お前……ッ」  不快感や恐怖よりも込み上げてきたのは怒りだった。分かっていたはずだ、こいつがこういうやつだということは身を持って。  その腕を振り払おうと血の滲む拳に力を入れたときだった。 「――幸喜」  いつの間にかに隣にやってきていた藤也は、静かに幸喜の名前を呼ぶ。  俺を見据えていた幸喜の眼球が動き、目だけ藤也の方へと向いた。 「なんだよ藤也、今いーとこなんだけど? しょうもないこと言ったら切腹させるからな」 「……今、狸があっちにいった」  ――は?  一瞬、藤也の言葉の意味が分からなかった。  狸って言ったか、今。……なんで?  そう思った矢先だった。 「え……?! 狸?! まじまじまじ?! ちょ、どこ、狸どこ!」  狸という単語に幸喜は飛び上がる勢いで俺から離れるのだ。いきなりテンション上昇させる幸喜に鼓膜ぶち破られそうになりながら、俺は何事かと目の前の幸喜を見た。  そしてそんな幸喜に驚くわけでもなく、藤也は「あっち」と屋敷がある方角を指差すのだ。 「そういうことは早く言えよな藤也! ちょ、俺行ってくる! 早く捕まえた方が勝ちだからな!」  そう鼻息荒くした幸喜はそのテンションのまま屋敷の方へと猛ダッシュしていく。それをヒラヒラ手を振りながら見守る藤也。  そして、なにが起きたのか分からずそこで立ちすくむ俺。

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