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 仲吉と別れ、その後俺は藤也とともに屋敷まで戻ってきていた。  応接室の扉を開けば、そこには奈都と花鶏がいた。特に何を話してるわけでもなさそうだ、本を読む奈都と生花を楽しんでいた花鶏は、俺の姿を見るなり「おかえりなさい」と口を揃えるのだった。釣られて「ただいま戻りました」なんて言ってしまう。 「仲吉さんは無事帰られたようですね」 「……ええ、なんとか」 「それはよかったです……って、おや、藤也。貴方、幸喜と一緒ではないんですか?」 「狸探しに行った」 「狸? ……またですか、幸喜も飽きませんね」  “また”なのか。やれやれと肩を竦める花鶏に思わず心の中で突っ込みそうになる。  それから俺と藤也はソファーに腰を掛ける。  俺と奈都、そして向かい側に藤也と花鶏の四人でソファーはあっという間に埋まった。  と、そこで違和感に気付いた。 「あの、南波さんは……?」  確か花鶏に預けていた南波がいない。  応接室を見渡したときだった、花鶏は「ああ」と思い出したように手を叩く。そして立ち上がり、ソファーの裏側からずるりと南波を引きずりあげた。 「南波ならここにいますのでご安心ください」 「な、南波さん?!」  ガムテープと縄でぐるぐる巻きにされた南波は、俺を見るなりもごもごとガムテープで塞がれた下で口を動かしていたが何言ってるか分からない。  というか絵面が完全に誘拐事件だ。  何もご安心できないのだが、と花鶏を二度見すれば、目があって花鶏は微笑んだ。 「これは仕方なかったのですよ、私もこんな手荒な真似はしたくなかったのですが……」 「……暴れた南波さんに花瓶割られて怒った花鶏さんが縛ってましたね」  小声で奈都が教えてくれた。  なるほど、そういことか。いやなるほどというわけでもないのだが。 「……とまあ、丁度いいので“これ”は貴方に返しておきますね、準一さん」 「あ、ありがとうございます……?」  そう、花鶏から手渡される南波のリードを受け取る。そのまま俺は取り敢えず南波の腕の拘束だけ外してやることにした。  するとあら不思議、復活した南波はそのまま自力で口に貼られたガムテープを勢いよく剥がすとともに「カマ野郎テメェ!!」と花鶏に殴りかかろうとしては再び短いリードに首を締められていた。 「んぎゅっ!」 「あ、な、南波さん……っ!」 「南波、貴方には学習能力というものが備わっていないようですね。それとも、縛られるのが気に入ったのですか?」 「あ、花鶏さん……」 『南波さんを許してやってください』と代わりに間に入れば、花鶏はふ、と破顔する。  そして、興味を失ったようにソファーへと再び腰をかけた。 「ご安心ください。これから先、この犬の主導権は貴方の手に戻りましたので。……私はこれ以上口は出しませんよ。全ては準一さん、貴方の監督になるのですから」  ふふ、と笑う花鶏に背筋が凍りつく。  冗談のように聞こえないのだから余計質が悪い。 「そう言えば藤也、貴方仲吉さんにご挨拶はされましたか?」 「見た」 「見た、ですか。なるほど、貴方らしいですね」  通りで、と藤也を見詰める花鶏は笑う。そんな花鶏に、不愉快そうに藤也は「……なに?」と眉根を寄せた。 「いえ、大したことではありませんよ。少々、機嫌が悪そうに見えたので」  その言葉に、俺は釣られて藤也を見た。  藤也は花鶏の言葉に対して何も言わなかったが、目が合えば「なに」とこちらをじとりと睨むのだ。  というか、機嫌悪かったのか?……いつも仏頂面なので気付かなかった。  気になってまじまじと相手の顔を覗き込めば、ふいと顔を逸らされる。 「なるほど、てっきり準一さんを取られて拗ねてらっしゃるのかと……おや、睨まないでください。ふふ、ちょっとした可愛い冗談じゃないですか」  睨む藤也にもの怖じ気するわけでもなく、ニコニコと続ける花鶏。  ソファーの横に立っていた南波は「可愛いって面かよ」と吐き捨てる。  あれだけされても尚歯向かう南波には天晴である。 「おや南波、なにか言いましたか?」 「なんも言ってねーよ!」 「そうですか、だったら気のせいですかね」 「年寄りの難聴だろ……っでぇ!!」  南波の額にさくりと花が一輪刺さってるのを見て思わず「ひっ」と声が漏れた。どんだけ鋭利な茎だ。  とまあひと悶着ありながらも、仲吉が帰ってからようやく『亡霊』としての日常が戻ってきたようなそんな気がした。  一大イベントが終わったような、遠足から帰ってきたようなふわふわと浮ついた気分だ。  そんななか、俺は隣の奈都に目を向ける。  そして、仲吉の言葉を思い出した。  仲吉は奈都に見覚えがあると言っていたが、俺はやはり思い出せなかった。奈都の方からも特になにも言ってくるわけでもなかったし、ここは単刀直入に本人に聞いてみるか?  どこまでがラインなのか、奈都は特に難しそうだが仲吉のことを聞くくらいなら許されないだろうか。そんなことを思いながら、俺は「なあ、奈都」と隣に座る冬着の青年に声をかけた。 「はい、どうしましたか? 準一さん」 「いや、特にあれってわけじゃねーんだけど……ちょっと気になることがあって」 「気になることですか?」 「奈都、お前仲吉のこと知ってるか?」  そう尋ねたとき、重めの前髪の下で奈都の目が僅かに見開かれた。 「……仲吉さんですか? どうしてですか?」 「なんか、あいつがお前のこと見たことあるって言ってたんだよ。多分気のせいだとは思うんだけど、一応聞いておこうと思って……」  まさか質問を質問で返されるとは思わなかった。  以前のように地雷を踏むことにはならないよう、なるべく言葉を選びながら口にすれば、奈都の視線が俺から外される。そして、テーブルの上に置かれた花にその目は向けられた。 「……すみません、よく覚えてないんですが多分初対面だと思います」 「だよな。……多分、あいつの気のせいだ」 「悪いな、変なこと聞いて」なんとなく奈都の周りの空気が変わったような気がして、慌てて俺はこの話題を切ることにした。  奈都は「いえ、気にしないでください」と控えめに笑っていたが、その目が笑っていないように見えたのだ。

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