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――翌日。
俺はいつでも仲吉を出迎えれるようにあの崖上へと来ていた。
日が登り、日照り始めた森の中。
早朝独特のひんやりとした空気を感じながら、南波とともに俺はみんみんと喧しいセミの鳴き声をBGM代わりに仲吉がやってくるのを待っていた。
そして、どれほど時間が経過しただろうか。
日の位置が高くなり、じりじりと肌を刺すような陽射しが注ぎ始めた頃。
タイヤが砂利を踏む音が聞こえてくる。そして顔を上げれば、見覚えのある車が一台止まった。
――仲吉だ。
「なんだ、お前ずっと待ってたのか?」
「……やることねーからな」
「とか言って、なんだかんだ俺が来るの楽しみにしてたんだろ?」
「別に、期待はしてなかったけどな」
「なに照れてんだよ」
……別に照れてはない。
車から降りる仲吉は、そのまま車の後ろに回る。開くバックドアの中を覗きながら「今日は一人か?」と仲吉は聞いてくる。
「いや、南波さんも一緒だ」
「ああ、どうもこんにちは南波さん」
あらぬ方向へと頭を下げる仲吉に「そっちじゃねえよ」と唸る南波。やはり南波の姿は仲吉には見えないようだ。
「どうだったんだ? もらえたか?」
「ああ、なんとかな」
そう、トランクから大きめの段ボールを取り出した仲吉はそのままそれを俺に見えるように近くの平らな岩の上に置いた。それから他にも紙袋を取り出す仲吉。
結界に近づき過ぎないように警戒しながら、俺はじりじりと荷物に近付いた。
「一応部屋に残ってた本とか。こっちは雑誌と新聞……あとこれは俺からの差し入れね」
「差し入れ?」
「…あ、丁度いいや。これ南波さんたち用の酒。渡しといて」
そう俺に缶をダースごと渡してくる仲吉。
「酒だ!酒!」と先程までとは打って変わって大喜びしながら南波が受け取っていく。
「うお! 勝手に浮いてる!」
「今南波さんが喜んでるぞ」
「はは! そりゃよかった、本当はギリギリまで冷やしてたんだけどやっぱ限界あるからな」
早速ぷしゅっと音を立て缶を開けてる南波を尻目に、俺は「ありがとな」と代わりに礼を言っておく。
「やめろよ、今更水臭いな。……んで、お前にはこっち」
そう言って、再び運転席へ戻ったと思いきや仲吉はこちらへとなにかを放り投げてくる。
「あっぶね!」と慌てて受け取れば、それは俺が生前よく愛飲していたコーヒーだった。
久し振りに見た気がする。
「南波さんが酒もいけるってことは、お前も飲めるんだろ?」
「ん、まあ……けど、これ……」
「そっちも冷たいぞ、クーラーガンガンかけて冷やしといたから」
「…………いいのか?」
仲吉だってよく飲んでたはずだ。自分で飲めばいいものを、思わずちらりと見れば仲吉は「そのために持ってきたんだよ」と笑った。
「あとこれはこの間の余りの甘酒。俺だけで消費すんのキツかったから皆で飲めよ」
「んだよ、気が利くじゃねえか!」
「……南波さんが喜んでるぞ」
「はは? まじ? やった」
南波さん、まだ朝ですよとか言いたいことは色々あったが……まあ、いいか。
「南波さん、あまりグイグイ飲まない方がいいんじゃ……また、俺に運ばれることになりますよ」
早速一本空にして、二本目に手をかける南波に忠告だけしておくことにしたが、どうやらその忠告は効果覿面だったようだ。南波は手にした缶をそのままそっとケースの中に戻していた。
――おお、我慢した。
そんなに俺に運ばれるのが嫌だったのか、必死に葛藤と格闘しているようだ。うぐぐ、となっている南波に内心傷付きつつ「後であっちに戻ったらたくさん飲みましょう」とフォローを入れれば、ケースを大事そうに抱えた南波はコクコクと小さく頷いた。
抱えてるのが酒が入った箱ではなければまだ可愛く見えたのかもしれない。
「そんじゃ行こーぜ、あとりんさんたちにもお菓子持ってきたから」
言いながら、仲吉は買い物袋を取り出す。
今から宅飲みでもするのかという内容物だ。
「お前な、あんま無駄遣いするなって。花鶏さんからも言われただろ」
「いいじゃんいいじゃん。お供え物みてーなものじゃん」
「それは……」
中身を覗けば、確かにお盆によくスーパーで並んでるようなラインナップも取り揃えられている。
確かに、言われてみればそういうことなのか?いや、こいつに騙されるな。
と、頭を横に振って思考を振り払う。
そんな俺の横、仲吉はさっさと歩き出した。
「あっ、おい……!」
「ってことでまた案内頼むわ、準一」
元はと言えば、こいつに甘えたのは俺なわけだしとやかく言う事はできない。
それに、最初からそのつもりだ。
「……分かったよ」
「そんなに拗ねんなって。ちゃんとお前へお土産もあるから」
そう笑う仲吉。思わず「お土産?」と聞き返すが、仲吉はそれ以上なにも言わず、楽しそうに歩き出した。
勝手に歩き出してんじゃねえよと思いながら、慌てて俺はその後を追いかける。
仲吉の抱えてる箱と袋を受け取れば「お、悪いな」と仲吉は目を丸くした。
「重くないか?」
「見た目よりはそんなに」
「へえ、便利だな」
なんて会話を交わしながら、俺は後からついてくる南波のリードが木の枝に引っかかってないか気をつけながらも樹海を潜ることにした。
ーー八月某日。
半日振りに会った友人は昨日よりも顔色が良くなっていたような気がした。
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