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「もうこれだけか?」
「ああ、そうだな」
場所は変わって屋敷内自室。
結局仲吉と南波にも手伝ってもらって荷物を部屋の中へと運び入れることとなる。
「よっこいしょー!」
「おい、そっと置けって。床抜けるだろ」
「大丈夫大丈夫! ほら、ぴんぴんしてるって」
言いながら床を撫でる仲吉。どこを見てぴんぴんしてると判断してるのか謎だが、こいつの思考回路を百読もうとすらこと自体無駄だ。
荷物自体それほどなかったために位置往復で済んだ。
ようやく一息つく俺の横、仲吉はどっこいしょと腰を下ろした。
「一応すぐ持って来れそうなのだけ持ってきたんだけどそれでよかったよな? まだ足りなかったんならまた取りに戻るけど」
「いや、今はまだこれだけで十分だ」
ポンポンと近くの段箱を叩く仲吉に首を横に振る。そして、そのまま釣られて俺は中を開ける。
「準一の実家の方行ったら、もう遺品処分する用意してたからさ、俺まじで焦ったんだよな。慌てて預かりますって頭下げたらなんとかなんとか貰えてほんと、間一髪って感じ」
「まあ……そうだろうな」
恐らく俺の済んでた部屋も引き払われてるはずだ。
うちの家族はわりとその辺はすっぱりしてるしな、と思い出しながらも箱のガムテープを破る。
段ボール箱を開けば、中から本が現れた。
どれも本棚に並べるだけになっていた本たちだ。いつか読むだろうと思って並べていたが、まさか今になって役に立つ日が来るなんて思いもしなかった。
そしてそのまま本を取り出し、箱の側に積んでいく。それを一通り退かすと、下からは雑誌や漫画類が現れた。
面白いから読めよと仲吉に押し付けられたまま結局読まずじまいで返しそびれたハードカバーのホラー小説を退かせば、それは現れる。
その表紙には黒髪を横に流し、やけに色っぽい顔をした裸エプロンを着たカメラ目線の女性が描かれ、その横には『淫乱人妻特集!えっちな奥さまのご近所付き合いの方法とは?』というやけに身も蓋もない煽り。
ひくりと顔面を引きつらせた俺はなにごともなかったかのように仲吉から借りた小説をその上に乗せた。
「おい……まさかこれ全部実家にあったやつか?」
そして、キリキリと疼く胃の辺りを押さえながら俺はあくまでなにも見なかったようにそう恐る恐る尋ねる。
すると、ギリギリなにも見てなかったらしい仲吉は相変わらず無邪気な笑顔を浮かべ「ああ」と頷いてみせた。その一言に全身に戦慄が走る。
――ああ最悪だ。
せめて処分しとくべきだった。
くそ、なんで俺は形に残るものを買ったんだ馬鹿か俺は。俺の馬鹿。死にたい。死んでるけども。
今すぐエロ本を窓の外から投げ出したい衝動に駆られながら、こっそ箱に手を伸ばし中に隠していたエロ本を取ろうとする南波の手を叩く。
「ひぃッ!」と青い顔した南波は慌てて後退した。
というか本当この人はちょくちょく手癖が悪いというか、しかも見ていたのか素早く隠したつもりだったのに……!
「でもまあ、これでちょっとは暇潰しになりそうだな」
エロ本はともかくだ。
だらだらと流血する手を押さえながら生意気な真似してすみませんごめんなさいと喚く南波にこちらこそすみませんと謝りつつ、そう強引に話題を変える。
これだけ本があれは暫くは時間を潰すこともできるだろう。
「ありがとな、仲吉」
「なんだよ水臭いな。こんくらい気にすんなって」
そして俺たちは段ボールを開け、中身を確認する作業を再開させることにした。
エロ本は空になった段ボールの下敷きにしてやり過ごした。
それから全ての段ボールを開けるという作業を一段落終え、まったりと床の上で座り込んで寛いでいたときだった。
不意にコンコンと控えめなノック音が室内に響き、壊れた扉が開く。
誰かきたのか。まさか幸喜じゃないだろうな、と身構えながらも駆け寄ったとき。
扉の向こうには意外な人物が立っていた。
「あ、あの……すみません、お邪魔しちゃって」
そこに立っていたのは奈都だった。
相変わらず季節外れの着込んだ青年は、俺の肩越しにちらりと部屋の奥に目を向ける。
「奈都、どうしたんだ?」
「仲吉さんが来てる、と聞いて……その、少し仲吉さんにお話がありまして」
「……お話?」
「なになに? 俺がどーしたの?」
どうやら仲吉にも奈都の姿は見えているようだ。名前を呼ばれたことに気付いた仲吉は立ち上がり、にゅっと俺の後ろに立つ。
「ええと、あの、ちょっといいですか?」
「ん? 外ってこと?」
「は、はい……」
そう小さく頷き、奈都は今度はどことなく気まずそうにこちらを見る。そして、納得する。
なるほど、俺抜きで仲吉と一体一で話したいということか。
心配にならないといえば嘘になるが、相手はまだ常識的……であるはずの奈都だ。幸喜ではない。
お前に任せる――そう仲吉に視線を向ければ、奈都同様に俺の反応を待っていた仲吉は頷き、笑った。
「了解。んじゃ、ちょっと奈都に預かられてくるな」
「預からせていただきます」
「奈都、仲吉のやつがなんか失礼したらすぐに呼べよ」
「はは……ありがとうございます、準一さん」
そう奈都はほっとしたように笑っていた。
奈都の笑顔は新鮮だ。まあ、大丈夫……だよな。
そんな気持ちで部屋を出ていく二人を見送る。
こっそり後を着けるのもなんだか二人に悪いし、でも正直気になる。やはり、この前仲吉がどこかで奈都を見たことあると言っていたのがなにか関係しているのだろうか。
なんて一人、ぐるぐると考えていたときだった。
「しっかしまあ、この女乳でかすぎっしょ。絶対詰め物入ってんな、これ。なあ藤也」
「……知らない」
「おやまあ……準一さんは人妻ものが好きなんですか? なかなかいい趣味をお持ちでいらっしゃいますね」
「テメェ、おい返せよっ! 俺が見てんだろうがッ! 勝手にページめくんじゃねえ!!」
「……………………」
上から幸喜、藤也、花鶏、そして南波。
どっから沸いてきたのか、わいわいきゃっきゃと賑やかな気配が一気に増えたときには時すでに遅し。
慌てて振り返れば、いつの間にかに勢揃いした連中はエロ本を取り囲んでいた。そんな光景を目の当たりにし、全身から血の気が引いた。
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