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「なっ、ど……っい、いつから……ッ」
「準一さんが憂いを帯びた表情で連れていかれた仲吉さんを見詰めていた辺りですね」
「いたんなら声かけたらどうですか……っ!」
さらりと答えつつ、エロ本を取り返そうとする南波のリードを引っ張り止める花鶏。その顔に悪びれた様子など微塵も感じられなかった。というか憂い帯びてない。描写しないでくれ。
そしてそんな横、南波から取り上げたエロ本(人妻特集)をペラペラと流し読みしてる双子たちに俺はもう生きた心地がしなかった。
「っていうかなに勝手にしてるんですか……っ!」
「まあまあ良いじゃん良いじゃん俺達仲間だろ?」
「お前、こういうときだけ……ッ」
「それにしてもまあ、準一も一応男なんだな! 真面目ぶってる堅物かと思ったら淫乱人妻巨乳かよ!」
「うっせえな、たまたまその特集だったんだよ……っ!」
「こらこら、駄目ですよ幸喜、人の性癖を笑っては。こういうのは人それぞれですからね、私はいいと思いますよ。人のものを欲しがるのも種の存続本能が強く、且つ身勝手で傲慢……なんとも人間らしいではございませんか」
「ち、ちが……ッ、だから……」
「……不純」
「う゛……ッ」
弄り倒すくらいなら逸そ罵倒してくれとは思ったが、ここまでストレートな罵倒もなかなかメンタルにくるものがある。藤也のやや冷たい視線混じりの他のメンツからの微笑ましい~という視線がただひたすら公開処刑に等しい。
何故俺はこんなに辱めを受けているのか。
「しっかし、死んでもしっかり性欲あるなんていいじゃんいいじゃん! けど、そんなに溜まってんだったら言ってくれりゃあいいのに」
「お前……っ、ちが、大体これは俺が持ってきたくて持ってきたわけじゃねえから! 勝手に入ってたんだよ!」
「犯人は大体そう言うんだよ、観念しろ」
「やめろのしかかって来るな……っ!」
なんてうざ絡みしてくる幸喜に凍りつき、慌てて引き剥がして逃げようとしたときだった。
見兼ねた花鶏がごほんと咳払いをする。
「幸喜、お止めなさい。……そんなに虐めては準一さんが可哀想じゃありませんか」
「あ、花鶏さん……」
さっきあんたもしっかりと加担してたけどな、と思った矢先だった。花鶏はこちらを見て艷やかに微笑む。
「せめて裸えぷろんを着たじーかっぷの淫乱黒髪人妻に化けて差し上げたらどうですか?」
「おっ、ナイスアイデア花鶏さん!」
何を言い出すのだこの男は、と俺が固まるのも束の間。「そぉれ」とその場でくるりと幸喜が回った次の瞬間、ぽんっ! と幸喜の周辺に煙が沸き立つ。
まじでなんなんだ。
そして束の間、もくもくと紫の煙が晴れていったと思った矢先、晴れた先に浮かぶ影を目の当たりにした俺は文字通り絶句した。
エロ本の表紙の娘と同じような女体とそれを纏う真っ白なフリル付きのエプロン。その肉質感は紛れもなく本物に近いが、問題は体ではなくその上――頭部だった。
明るい茶髪は黒く染まったが、しかしその顔はどっからどうみてもそのまま――というか黒髪になったお陰で首だけ藤也で身体がグラビアアイドルというキメラが出来上がっていたのだ。
「ひ……っ」
「ありゃ、藤也になっちゃっふぎっ!」
瞬間、間髪入れずに手に持った雑誌を丸く丸めた藤也は自分の顔で裸エプロンを着用する幸喜の顔面にそれを叩き付ける。素晴らしい早業だった。
あとはもう、いつもの兄弟喧嘩の流れだ。
それを察知した俺は南波を誘導し、逃げるように奈都たちが出ていった廊下へとこっそり抜け出すことにした。
――別に兄弟喧嘩をしようが構わないが、なぜ俺の部屋でするんだ。
避難のため俺と南波は部屋を離れ、廊下を歩いていた。
どうやら花鶏は逃げ遅れたようだ。まあ、無駄に図太そうあの人のことだ。心配しなくていいだろう。
「準一さん、俺も人妻好きっす」
「……ありがとうございます、南波さん」
なんの告白だ、と思ったがもしかしなくても南波なりのフォローらしい。いやこの人の場合本当に見境なさそうだしな。
――屋敷二階、廊下。
なんて話しながら歩いていると、ふと前方に仲吉と奈都を見つけた。こちらに向かってきていた二人も俺達に気付いたようだ。
「おー準一!」と仲吉が大きくこちらに向かって手を振り、それからすぐにばたばたとこちらへと駆け寄ってくる。仲吉に慣れていないらしい南波は「げっ」と声をあげ、俺の影に隠れた。
「仲吉、奈都も……。話はもう済んだのか?」
「えぇ、お陰様で。……仲吉さんが話しやすい方だったので」
俺の質問に答えたのは、仲吉の後ろからついてきていた奈都だった。
大丈夫だろうと内心心配していたが、見たところ二人の空気感も悪くはないし誤魔化してるように見えない。
「ならよかった」万一仲吉が失礼なことをしてたらとヒヤヒヤしていたが、どうやら杞憂だったようだ。ほっとする俺を尻目に、仲吉は奈都に目配せをする。
「なあ奈都、準一なら話していいんじゃね」
「……そうですね」
「ん? どうした?」
なんだか含みのある言葉に気になって尋ねれば、仲吉は「気になる?」と悪巧みするような意地の悪い笑みを浮かべた。どうやら気になると言ってほしいらしい仲吉のため「気になる気になる」と適当に頷いてやれば、「しっかたないな、じゃあ教えてやるよ」と自信ありげに胸を張る。子供か。
「いや、今さ、結界? つーかほら、近付けない場所あるらしいじゃん。だから、そこに俺が行ってその結界自体をどうにか出来ないかって話してたんだよ」
「僕たちなら近付けないんですが、生きてる仲吉さんなら破ること出来ないかなって思って」
「結界……って、確か樹のあれだよな。注連縄の」
「そうそう。だから、それなら樹伐っちゃえばいいじゃんって」
相変わらず疑うことを知らない無邪気な仲吉は「なあ」と奈都に同意を求め、それにつられるように奈都は「はい」と頷く。
随分意気投合したようだ。いや、それはそれでいいのだが突っ込みどころはそこではない。
「いや、いいのか勝手にそんな……」
倫理的にも普通なら罰当たりもいいところなことを言っている二人にただ俺は呆れた。
そんな俺に、奈都は「大丈夫ですよ」と笑うのだ。
「この樹海なら一本や二本くらいバレませんって」
何一つ大丈夫ではなさそうだ。
「いや待てよ。だからって、仲吉一人じゃ無理だろ……」
そこらへんの公園に生えてる木ですら業者頼みになるくらいなものに、一介の大学生がこの樹海ですくすくと栄養を吸って育ったあのぶっとい木を道具一つで伐採できるとは思えなかった。
なんとしても脱出したい奈都と、それを手助けしたいらしい仲吉らしい無謀で手段を選ばない方法だ。否定の言葉を口にするが、能天気の権化・仲吉は「まあ、なんとかなるだろ」と笑うばかりで。
なんとかってなんだよ、と突っ込みたいが頭が痛くなってきた……気がする。
そんなときだった。
「つか、こいつが樹ぃ伐るものあんのかよ」
俺の背後に隠れていた南波も流石に呆れていたようだ。思わず口を挟んでくる南波に、奈都は「はい」と頷くのだ。
「この間掃除したとき物置に斧がありました」
ああ、そう言えばあったなそんなもの。扉に突き刺さり、藤也が引き抜いた斧を思い出した。
花鶏にこってり絞られたあと、確か取り上げられたんだった。
どこに行ったのか気になっていたが、なるほど。物置に放置されていたのか。それにしても奈都はよくそんなもの見付け出したな。
「斧……っ、いや、あんな細いの振り回すくらいなら燃やした方がはえーだろ……ぜってえ」
そして、斧と言われてうっかり藤也に頭かち割られたことを思い出したようだ。顔を青くし、だらだらと冷や汗を滲ませる南波。
その言葉に俺達ははっとする。
「……燃やす?」
「いや、いやいやいや、そんなことしたら仲吉が放火犯扱いされるじゃないっすか! それに、巻き込まれたら流石に危ねえし……」
「なっ、生意気なこと言ってすみません! そういうつもりじゃなかったんです! すみません! 指詰めてきます!」
「いえ、詰めなくていいので……っ! すみません、俺も怒ってませんから……っ!」
怒鳴られたように感じたらしい、リードの限界まで離れた南波はあわわわと青褪め土下座してくる。そんな南波につられてあわあわしながらフォローした。
南波と話すときは言い方に気をつけなければ、と再び胸に刻むことにする。
「ん? 俺放火犯なの?」
「お前はなにも気にしなくていい」
「なんだよそれ、仲間外れはんたーい!」
「いえ……まあ確かに、僕たちだけならいざ知らず、仲吉さんまで巻き込まれるのは本意ではありませんしね」
「ですが、燃料になるものだけでも持ってきていただければこちらでも使えそうですね……」なんて一人でブツブツなにかを呟いてる奈都にただ冷や汗が滲んだ。
話題、話題を変えよう。このままでは危険な流れになっている。それに、仲吉はアホなので本気で山ごと燃やそうとしかねない。
「……なあ、斧の他になにかなかったのか? その、チェーンソーとか……」
「僕が見た限りは見当たりませんでしたね……後は本当に枝を切るための鋏とか」
「枝整えたって仕方ねえしな」
そして、振り出しに戻る。うーんと奈都たちは唸った。正直言って、俺としては諦めてくれた方が一番いい。
そりゃあここから出たくないわけではないが、仲吉に危険な真似をさせることはしたくなかった。
なんて思っていると。
「とにかくまあ、一旦斧で試してみるか? 一回その結界だかがある樹のところ行ってみればいいんだろ?」
「……いっとくけどな、仲吉。その樹って一本だけじゃないんだぞ」
「なら片っ端から伐ればいいだけだろ」
「お前はなんでそんなにお気楽なんだよ。万が一伐れたとしても、もし傾いた樹に潰されそうになったこと考えてみろよ。地盤に影響が出て土砂崩れになる可能性だってあるんだぞ」
「まーまーそういう心配は本当に潰されてからしろって。ほら、後悔先に立たずって言うだろ」
それはまたなんか違うだろう。
俺に対し一歩も引こうとしない仲吉は小さく微笑み、「別に死にやしねーよ」と気休めにもならない言葉を投げ掛けてきた。
「……」
本当、こいつは人の気も知らないで。
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