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   場所は変わって屋敷外、樹海にて。 「花鶏さんたちには内緒ですよ」と、珍しく率先して先頭を歩く奈都。 「りょうかーい」と言いながら楽しげにその後ろを付いていく仲吉。 「いちいち言わねえよ」と俺の更に後ろから文句を言ってくる南波。  よく考えると、異様なメンツだ。 「因みに、その内緒ってのは藤也たちにもか?」 「藤也君はいいですけど、幸喜君の方は言わない方がいいですよ。歩くスピーカーのようなものですから」 「……まあ、そうだな」  愚問だったな、と自分でも思う。  それにしてもやはり奈都は藤也のことは信頼してるようだ。まあ俺もあの二人のどちらを信頼するかと問われれば迷わず藤也を選ぶしな。  というわけで、俺たちは結界の張られているあの場所まで奈都の案内の元向かっていた。  瞬間移動しようと思えばできるが、それだと生身の仲吉がついてこれなくなるし、万が一またあの結界に挟まれるようなことになどなりたくない。 「なんか遠足みたいでわくわくすんな」 「お前は遠足時に斧持っていくのかよ」 「んー、じゃああれだ、校内の草むしり?」 「……まあ、それならあるかもしれないな」  なんてぶんぶん斧振り回しながら歩く仲吉を止めさせたりしつつ、他愛のない会話を交えながらもその遠路を歩いていると、ふと奈都が「ふふっ」と噴き出した。  ――奈都が笑った。 「……な、俺なんか変なこと言ったか?」 「いえ、本当にお二人は仲がいいんだなと思って……不快にさせてしまったのならすみません」 「仲いいって……」 「僕、準一さんと仲吉さんみたいな関係の人って周りにいなかったから……少し羨ましいなと思ったんです」  ……もしかしてこれは、あまり踏み込まない方がいい話題なのかもしれない。  奈都の地雷がどこにあるか分からない分、「そうだったのか」となんとも曖昧な相槌を打つことしかできなかった。 「だよな、普通なかなかいねーもん。ここまで付き合ってくれるやつって」  なんて思った矢先、空気も読まずにそんなこっ恥ずかしいこと言い出す仲吉にぎょっとする。 「俺も、準一と出会えなかったらすげー退屈だったと思うよ」 「おま……お前はもう黙って前見て歩けよ……っ」 「わかったわかった、怒んなって」  本当に分かってんのか、こいつ。  仲吉を先に行かせ、俺は奈都に目を向けた。奈都はなんとなく寂しそうだったが、一応笑ってくれてるみたいだ。すごく分かりにくくはあるが。  怒らせなくてよかった、とほっとすら反面なんとなく気まずさを覚える。  そしてそんなやり取りをしている間にどうやら目的地にたどり着くことができたようだ。 「ここですよ」と立ち止まる奈都の奥、確かにそれは存在していた。  太さのある、青空へと伸びる樹木。そこにはいつか見覚えのある木彫りに加え、不自然に巻かれた縄などのいかにもな装飾も施されていた。  相変わらず異様な空気だと思う。それとも前回の体験から恐怖心が植え付けられてしまってるのだろうか、目の前の大木を見上げながらそんなことを考えた。  その樹を見上げ、「やべ、精霊宿ってそう」なんてまた意味のよくわからないコメントを述べる仲吉。そのまま俺はその手に握られた斧に目を向けた。  片手で振り回せるサイズの小振りの手斧だ。それは鈍器や薄い扉をぶっ壊す程度には手頃な大きさだが、今回の相手は樹齢三桁あるんじゃないかと思うほどの大木だ。  少しずつ削っていくとしても、かなりの体力と時間を消耗することは目に見えていた。  だから俺は、さっそくやる気満々になって素振りしている仲吉を見過ごすわけにはいかなかった。……いやちょっと待て、なんの素振りだ。南波さんに刺さってるからやめろ。 「つーか、これ絶対無理だって。花鶏さんたちにも手伝ってもらった方がいいんじゃねえの」 「僕たちが近付けないんですから死人何人集めたところで一緒ですよ」  奈都はあくまで冷静に返すのだ。柔らかく穏やかな口調とは裏腹にどこか冷たく感じたが、もっともだと思った。 「けど」他に方法があるかもしれない、そう言いかける俺に奈都は「それに」と言葉を遮るように畳み掛けた。  そして、先程と変わらない柔らかい口調で続ける。 「花鶏さんは無理でしょうね」 「……無理だって?」 「ええ、だって、」 「この結界に触るなと言い付けてますからね、奈都君たちには」  一瞬、先程から煩わしいくらい響いていた虫の鳴き声がピタリと止んだような気がした。  あくまでも自然に入り込んできたそのおっとりとした甘い声に、全員が一点に目を向ける。  大木のその手前。まるで最初からいたかのように佇むその和装の男はにこりと柔和な笑みを浮かべた。

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