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「一人で探す」なんて格好つけて応接室を飛び出した俺だったが、正直、屋敷の中を探し回るだけでもかなり大変だった。
唯一、この樹海が外界から隔離されているのが救いだが、その救いさえ俺にとって特に意味があるようには感じない。
――屋敷外、裏庭にて。
「南波さーん!南波さーん!……南波さーん」
屋敷の中を探し回り、南波を見つけ出すことが出来なかった俺は屋敷を出てその周囲を探索していた。
さっきからずっとこうして南波を呼んでいるのだが、一向に返ってこない返事になんだか頭が冷静になって恥ずかしくなってくる。
どこまで行ったんだろうか。確か幸喜を追い掛けてるはずだが、相手があの幸喜なだけに心配は拭えない。
どうせ結界ギリギリまで使って逃げ回ってるのだろう。そう考えるとなんだか生きた心地がしない。
暮れる日同様にテンションを下げる俺がとぼとぼと歩いているときだった。
裏庭の隅。煉瓦で出来た焼却炉の前に人影を見付ける。
ようやく見付けた。
「南波さ……」
人影を南波と思い込み、焼却炉に近付いた俺は不意に足を止める。
黒髪に南波に比べたら細い後ろ姿。その人影には心当たりがあった。
「奈都?」
気になって、そいつの名前を呼べば、人影もとい奈都はこちらを振り返り「あ」と細い声を漏らす。
そして、目が合い俺と認識した奈都は近付く俺に「どうも」とはにかんで見せた。
こんな場所で会うとは思ってもおらず心なしか動揺する俺はなるべく平常心を保ちつつ「なにやってんだ、そんな隅っこで」と奈都に話し掛けてみることにする。
すると、奈都はなんだか気恥ずかしそうな顔をして小さくはにかんだ。
「……いえ、少し考え事してただけです」
「もしかしてお邪魔でしたか?」そしてそう、今度は逆に聞き返してくる奈都になんとなく狼狽えつつ「いや、違うんだ。たまたま通りかかっただけだから」としどろもどろ答えた俺はなんだか気まずくなって「俺の方こそ悪いな、邪魔して」と謝罪を口にした。
どうやっても先ほどのことを思い出してしまい、ますます気まずくなってしまう。
しかし、奈都の方はそうでもないようだ。
「気にしないでください」と小さく続ける奈都は申し訳なさそうに眉を垂れさせ、微笑む。
そんないつもと変わりない奈都の態度に内心ほっとしつつ、丁度よかったので俺は例のことについて尋ねることにした。
「あ、そうだ。なあ、奈都。お前南波さん見てないか?」
「南波さんですか?……見てないですね。どうかしたんですか?」
「リード離した隙に南波さんが逃げちゃってさ、今探してるところなんだよ」
そう苦笑を浮かべる俺に対し、「あぁ」と納得したように呟く奈都。
そして、
「それでしたら、僕も手伝いますよ」
「いいのか?」
「はい、どうせ暇ですし……あとが面倒ですからね」
やけに優しい奈都になんだかこちらが気を遣わせてしまったみたいで申し訳なくなり、「悪いな」と声を掛ければ奈都はにこりと笑う。
「困ったときはお互い様ですよ」
◆ ◆ ◆
「そう言えば、仲吉たちに会ってないのか?」
「仲吉さんですか?……まだ会ってないですね」
「……そうか」
「どうかしたんですか?」
「いや、あのあと奈都の後追っていってたからてっきり会ったかと」
「僕のですか?すみません、見てないですね」
「いや、それならいいんだ」
ったく、なにやってんだあいつは。
そう口の中で舌打ちしながら俺は再び辺りに目を向けた。
場所は屋敷外庭。
南波探しを手伝ってくれるという奈都とともに屋敷の周りをぐるぐる回っているわけだが、全くそれらしい影は見当たらない。
おまけに、いなくなった仲吉がどこにいるかわからない今やつのことも気にしていた方がいいだろう。
いや、でも花鶏が任せとけとか言っていたし大丈夫……あれ、なんか余計に心配になってきた。
なんて思いながら周囲を探りながら歩く俺は小さく息を吐く。
人影どころか人の気配すらない。
「……」
「……」
「……いませんね」
「あぁ」
大分時間が経過したのか薄暗くなってきた空。遠くからはギィギィとなんとも不気味な鳥の鳴き声が聞こえてくる。
なんか、気まずい。
ぺちゃくちゃ喋りながら作業した方が捗るとは言わないが、やはり相手が奈都だからだろうか。やけに沈黙が重たくのし掛かり、息苦しい。なにか話題無いだろうかと思いながら俺は「この前から思ってたんだけどさ」と口を開いた。
「はい?」奈都がこちらを振り返る。
いい機会だ。前々から聞きたかったことを聞いてみるか。
思いながら、俺は目だけを奈都に向ける。
「なんでそんなにここから出たいわけ?」
「……準一さんだって、出たいって言ってたじゃないですか」
「いや、そうだけどさ、そういうんじゃなくて奈都が出たい理由が気になったんだよ」
なんとなく語気が強まる奈都にギクりと緊張した俺は慌ててそう宥めるように続ける。
その言葉に小さく反応した奈都は「理由」と小さく唇を動かし、繰り返した。
なんとなく奈都を纏う空気が重くなるのを感じ、これは聞かなかった方がよかったもしれないと後悔した俺は慌てて「あ、答えにくいなら無理して答えなくていいからな」とフォローする。
が、奈都は俺の心情を悟ったようだ。
「いえ、構いませんよ」そう、奈都は諦めたように微笑む。
「……会いたい人がいるんです、この外に」
「あ、会いたい人……?」
奈都の口から出たまたなんかロマンチックな回答に目を丸くする俺。
なんだ、なんだそのまどろっこしい言い方は。
どこか寂しそうな奈都のその一言に大体を悟った俺はまさかと目を見開き、「それって」とその先を促す。
そしてその問いに対し奈都は照れ臭そうに目を細め、微笑んだ。
「彼女です」
その一言に脳髄に衝撃が走った。
――奈都に彼女だと……!
彼女どころか女友達すらいなかった俺の同類かと(勝手に)思っていた奈都に彼女だと……!!
あまりのショックに全身が硬直した。
いや、まあ、確かに、なんか暗そうだけどわりと優しいし女の子にはモテるタイプかもしれないけどなんだこの異様な敗北感は。
ずれたところに食い付く俺に構わず、再び奈都は眉を垂れさせる。
「話せなくてもいいからせめて、一目……いえ、安否を知りたくて」
「……安否って、まさか」
そう、不安そうに俯く奈都に俺はそのまま奈都の顔を見据えた。
その先を口にすることは出来ず、奈都もまたそれ以上先を口にすることはなかった。その代わり、こちらに向き直った奈都は顔を引き締める。
「とにかく、いつまでもこんなところでのうのうとするわけにはいかないんです。……死にきれません」
「……」
奈都も奈都で色々あると言うことだろうか。まさかの告白になんとも言えない気分になる。
奈都が彼女となにがあったかはわからなかったが、確かにここを出ることに拘る気持ちもわかった。
俺が奈都の立場なら、奈都同様この樹海を出たがるだろう。
しかし、奈都は俺と同じ幽霊だ。それが出来れば本人も苦労しないだろう。
なにか力になることは出来ないだろうか。
聞いてしまった今、『それは残念ですね』と聞き流すことは出来ない。
眉間を寄せ、思案したときだ。ふと、閃く。
「なあ」
「……どうかしたんですか?」
「もしかしたら、どうにかなるかもしんないぞ」
なにを言い出すんだいきなり。
そう言いたそうな目でこちらを見る奈都に構わず「奈都はその、彼女さんの安否が気になるんだろ」と問い掛ければ、奈都は渋々ながらも「ええ」と頷き返してくれる。
予想通りのその回答に俺は笑みを浮かべた。
「だったら、調べればいい」
そしてそう当たり前のように続ければ、奈都はやっぱり意味がわからないといったような顔をしてきょとんと目を丸くさせる。
奈都がここを出たがる理由は恋人のことが心配だからだという。
しかし、今のままじゃこの樹海からは出ることは出来ないだろうし、奈都は恋人の安否が確認出来ず苛々する日々が続くことは間違いないだろう。
もしこんな状態が続いて心配だったのは、花鶏から聞いていた自我崩壊という精神の死のことだった。
一度死にかけたからこそ、そんな目に遭っている奈都を見たくなかった。
つまり、ただのお節介だ。それもかなり個人的な。
なんて建前をぐだぐだ並べたところで奈都をなんとかしてやりたいというのは本音だ。
だから俺は結界の内外を自由に出入りできる仲吉に頼んで奈都の彼女について調べてもらうということを提案する。
俺の提案によってずっと気になっていた恋人の安否を知ることが出来るということにパッと明るくなる奈都だったが、やはり仲吉のことが気になるようだ。すぐにしょんぼりとした顔になる。
「……でも、仲吉さんに迷惑になりませんかね」
「まあ聞いてくれるかどうかはあいつ次第だからな、とにかく本人に相談してみたらいいだろ」
そう、あくまでも提案なのだ。行動するのは仲吉であり、奈都の心配ごとが解消されるかどうかは仲吉にかかっている。
しかし、俺同様、もしかしたらそれ以上にお節介な仲吉のことだ。俺はやつが奈都の頼み事を快く引き受けてくれると踏んでいた。
しかし、奈都はそうではない。
よくも知らない相手に自分の恋人のことを洗いざらい話したり、おまけに奈都の場合なにやら訳有りそうなだけに言いにくいこともあるだろう。
もしかして、余計なお世話だっただろうか。
もっと喜んでもらえると思っていただけに、俯いたまま押し黙る奈都になんとなく不安になってくる。
「あの、奈都……」
「ありがとうございます」
恐る恐る声を掛けようとしたときだった。
顔を上げ、こちらを見上げた奈都はそう言って微笑んだ。
以前見たぎこちない笑顔よりもいくらか綻んだ柔らかいその笑みに『わ、笑った……』と目を丸くする俺。
その笑顔に戸惑うと同時に今度は嬉しい気持ちが込み上げてきて、つい調子に乗った俺は「困ったときはお互い様なんだろ?」なんて言ってみればつられるように笑った奈都は「そうですね」と小さく頷いた。
そして、奈都は真っ直ぐこちらの目を見据えてくる。
「準一さんみたいな方がいてよかったです」
そこまで言われるとは思ってもおらず、最近扱いが酷かったのもあってかなんかもう照れ臭いというか褒められるということに全身が痒くなってきた。なんだこれ。
かああと熱くなる顔を隠すように慌てて視線を逸らし、そして再び俺はちらりと奈都を見る。
「取り敢えず……他のやつらも戻ってきてるかもしんねーし応接室に一旦戻ろうぜ」
そう提案すれば、顔を引き締めた奈都は「そうですね」と小さく頷いた。
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