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屋敷内、ロビー。
応接室の前まで来ていた俺と奈都だったが一階のロビーから聴こえてくる足音に反応し、そのまま下を見下ろせばそこに見慣れた人影があるのを見付けた俺は「仲吉」とその人影に声をかける。
人影、もとい仲吉は丁度屋敷に戻ってきたばかりだったようだ。
こちらに気付いたのか、顔を上げて階段の上に立つ俺達を見上げる仲吉は目を丸くした。
「おー、準一……。と、奈都?」
「どこ行ってたんだよ、俺ずっと探してたんだぞ」そして、俺の隣に奈都を見付けるとそうわざとらしく唇を尖らせぷりぷりと怒ったような真似をする仲吉に申し訳なさそうな顔をした奈都は「すみません」とぺこり頭を下げる。
でもまあ、いいタイミングだ。
なんて思いながらY字の階段を使いロビーへと降りようとしたときだった。不意に、周囲の空気が寒くなる。
「おや、よかったですねえ無事再会出来て」
空気から染み入るように響くその甘い声に、その足を止めた。
そして、そのままつられるように声がした仲吉の付近に目を向ければそこにはいつの間にかに花鶏が立っていた。
さながら幽霊のような存在感のなさである。いや幽霊か。
「花鶏さん、いたんですか」
「そりゃあいましたとも。仲吉さんってば現在地も確認せずにあっち行ったりこっち行ったりしていたのでそりゃあもう探し出すのは大変だったんですよ」
袖を口許に当て、そう続ける花鶏。
つられて仲吉を見れば、目があって仲吉は気恥ずかしそうに笑う。
そして「まーまー、でも奈都が見付かってよかったよ。機嫌も戻ったみたいだしな」と話題を変えるついでにちゃっかりほじ繰り返す仲吉に『このバカが』と冷や汗を滲ませる俺だったどうやら余計な心配だったようだ。
「先程は取り乱してしまい申し訳ございません、大変ご迷惑お掛けしました」
恐る恐る隣の奈都に目を向けたとき、奈都は二人にそう頭を下げた。
ロビー内に響くそのハッキリとした声に、ここまで変わるものなのだろうかと俺は驚く。
どうやらそれは俺だけではないようだ。
奈都の態度に僅かに目を丸くする花鶏だったが、すぐに微笑んでみせた。
そんな花鶏の代わりに、仲吉は「気にすんなって別に」と笑う。
奈都といったら暗くてどんよりとしたイメージが強かっただけに、元々は素直な人間だったのかもしれないなんて思いつつ、幾分奈都の横顔が明るくなっていることに気付いた。
精神力の回復。
その言葉を思い出し、俺はなんとなく安心した。
ここ最近の奈都の様子や顔色が悪かったのが精神力の消耗のせいだったのだろうと確信する反面、俺の提案で奈都がこんなに安心してくれていると目に見えてわかっただけに酷く安堵する。
あとは、仲吉に話をつけるだけだ。
そう、決意したときだった。
「おや、そう言えば南波は一緒ではないようですが……」
仲吉について二階までやってきた花鶏は辺りを見渡し、不思議そうにこちらを振り返る。
その一言にぎくりと全身が緊張し、嫌な汗が滲んだ。
──南波の男性恐怖症が治ってもいないのに首輪を外したそのときは私が貴方に首輪を付けさせて頂きますのでご了承下さいね。
いつの日かの花鶏の言葉が脳裏に蘇り、なんかもう生きた心地がしなかった。
しかし別に俺は南波の首輪を外したわけではない。そうだ俺は首輪に触ってはいない。
そう自己暗示をかけつつ、取り敢えず今は奈都のことを優先させることにした俺は「まあ、それについては色々ありまして……」と浮かべた笑みを引きつらせる。
「取り敢えず、あのちょっと仲吉に用があるんで借りていいですか?」
「俺?」
「ええまあ、それは構いませんが」
意外とあっさり承諾してくれる花鶏によしきたと内心ガッツポーズした俺は仲吉の腕を掴み、「じゃあちょっとこいつ借りますね」と花鶏に笑いかける。
そして、そのまま逃げるように通路を小走りで歩いていく俺と奈都。
まさか引っ張られるとは思っていなかったようだ。
「っ、うおわ!」と間抜けな悲鳴を上げながら前のめりになる仲吉だったがすぐに体勢を建て直す。流石無駄に運動神経があるだけある。
「わかった、わかったからそんな力いっぱい引っ張んなよ」
ついてくる仲吉は「まったく、準一はほんとせっかちだな」となぜか楽しそうに笑った。
お前に言われたくない。なんて思いながら俺は一旦花鶏から離れることにした。
人目を避けるため、やってきたのは物置部屋など普段使われていない部屋が並ぶ通路。
掃除したお陰で埃はなかったがやはり場所が場所なだけに空気がじめじめし、壊れたシャンデリアがやけに不気味だ。
薄暗くなる空、虫の鳴き声がやけに遠くに響くその通路で俺たちは向かい合っていた。
「話っていうのはな、実は」
そう提案した俺の方から本題に入ろうとしたときだった。
「準一さん」と、奈都に止められる。なんだか出鼻挫かれつつ奈都に目を向ければ、奈都はこちらをじっと見詰めた。
そして、
「自分から言わせてください」
そう、一言。奈都は俺に言った。
どうやら、今の奈都には俺のお節介なんて無用だったようだ。
余計な心配をしてしまった自分が恥ずかしくなりながら、小さく笑った俺は「ああ、わかった」と頷き、そのまま一歩下がる。
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