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「離せよ、仲吉」  捕まる俺にくすくす笑う幸喜にぶち切れそうになって、そのまま蹴り入れようとすれば後退した幸喜はあっさりとかわす。 「準一ってほんと、変わってるよね。なんで準一がムキになるわけ?奈都ならともかくさぁ」 「お前がムカつくからに決まってんだろ」 「ひっどいなあ。藤也のことは大好きなくせに」 「は……っ」  あまりにも脈絡のない幸喜の言葉に、思わず声を荒げそうになり自分がやつのペースに引き込まれそうになっているのに気付き、言葉を飲んだ。 「そーいうさ、差別っていうの?よくないよ。俺悲しくなっちゃうし」  そうさも悲しがるような素振りを見せるわけでもなく幸喜は変わらない笑みを浮かべたまま。 「藤也も俺と一緒なんだから」 「今、あいつは関係ないだろ」  そう怒鳴れば、僅かに眉を下げた幸喜は笑い「どうだろうね」と呟く。 「準一、お前どうしたんだよ。さっきから」  仲吉の腕を振り払い、一発だけでもいいから幸喜をぶん殴ってやろうと思ったとき今度は手首を掴まれ引き留められる。 「どうって、わかんねえのかよ」 「だから、なにが」 「幸喜のやつが、奈都に……っ」 「幸喜?幸喜がいんのか?」 「いるだろ、目の前に!」  とぼけてんのかと掴みかかりそうになるのを必死に堪え声を荒げれば、俺が指差した方向に目を向ける仲吉。  しかし、不可解といった表情は変わるどころか解消されず。おずおずと仲吉は俺を見た。 「……誰も見えないんだけど」  その一言につられるように幸喜に目を向ければ、すでにそこに人影すらなくやつの気配はなくなっていた。  ――あの野郎。  腸が煮えくり返るのを感じながら舌打ちした俺は苛々を堪えることが出来ず、近くの樹を蹴り上げる。 「ひっ」と側で南波が小さな悲鳴を上げるのを聞きながら俺はざらざらと鳴る葉音が響く薄暗い森の中、これからどうするか思案した。  これから自分はどうしたらいいのか。  奈都からの依頼である志垣真綾の安否を調べるということは果たした。結果がどうであれ、やることはやった。  頭では理解していたが、どうしても去り際の奈都の泣きそうな顔を思い出してしまい胸がつっかえる。  こんなのって、どうなんだ。このまま知らんぷりなんて出来るわけがないだろう。だとしたらどうする。幽霊になった志垣真綾を探し出すか?そして奈都と会わせて願いを叶えさせるか?  そんなことも考えてみたが、まずこの山の外にいるであろう彼女を探し出すことが困難だろう。  それに、探し出したとしても彼女が奈都に会いたがるかどうかもわからないし、最悪、俺たちみたいこの世に留まっているかすらも怪しい。  つまり、俺たちに出きることはなにもなくなった。  一つを除いて。 「……」 「……」 「……」  ――屋敷内、俺の部屋にて。  リードを持っている南波は好きに行動できるはずなのに何故こいつは自ら俺の部屋に足を運ぶのだろうか。ここ最近俺と一緒に行動していたお陰で俺の部屋を自分の部屋と勘違いしてないだろうか。  なんて疑問に思いながら思案に耽ていると、ふと仲吉と目があった。 「なに」 「え、あ、いや……」  すぐ目を逸らされる。  不自然に動揺する仲吉を訝しげに思いつつ「なんだよ」とちょっと強い口調で問いただせば逸らされた仲吉の目は再度俺を見た。そしてゆっくりと下ろされる。 「……つかさ、お前、なんで首輪つけてんの?」  忘れてた。 「は、なにが」  あまりにも突然の問い掛けに動揺のあまりしらばっくれる俺。  自分の首に触れれば、皮膚に食い込む革製の輪の感触が。 「いや、ほら、なんかついてるし」 「リード?」と不思議そうな顔をして南波が持つリードを引っ張る仲吉。  拍子に首が絞められ「っあ」と喉から声が漏れた。 「っおい、ばか、引っ張るなってば……っ!」 「ほら、やっぱり首輪じゃん。……なにこれ?幽霊になるとこういうの特典についてくるわけ?」 「てめえ勝手に触ってくんじゃねえ」と怒鳴る南波の声が届いていない仲吉はくいくいとリードを操りながら興味津々になって尋ねてくる。なんか妙に鼻息が荒い。思わず後ずさった。 「そうだよ、だから離せ。この首輪が外れたら俺がダメージ受ける」  本当は花鶏の悪趣味な戯れなのだがわざわざそんなこと言って俺まで同類扱いされたら堪ったものではない。  適当に答えてみるが、まあ、嘘ではない。ダメージ受けるし。  仲吉にもその発言の効果があったらしく、慌ててリードから手を離した仲吉は「ごめんな」と不安そうに眉を垂れさせた。 「別に外れたらだからいい。……それより、お前いつまでここにいるつもりだよ」  首に絡み付く首輪を調節しながら俺は個室についた窓に目を向ける。  先程まで塗り潰したような黒が広がっていた空は僅かに明るくなっていた。つられて窓を見た仲吉は小さく欠伸をする。 「いやさ、実は旅館の門限ギリギリでこっちまで来ちゃったから六時になるまで入れないんだよね」 「じゃあ車で寝たらいいだろ」 「えー、だって車場荒らしとかいたらこえーじゃん」  オカルトグッズで溢れたお前の車のがこえーよと言い返したくなるのをぐっと堪え、俺は仲吉に目を向けた。何か期待するようにこちらを見返してくる仲吉。  まさか、こいつ。 「なあなあ準一、六時まででいいからここで休ませ「ダメ」っえぇ!即答かよ!」  ほらみろ嫌な予感がした傍からこれだ。  拗ねたように顔を赤くする仲吉は「いいじゃんケチ」と声を荒げた。  まあ確かに仲吉も眠たそうだし、わざわざこんな時間帯に山へ出させたのも元はと言えば俺だ。  だけど、この屋敷には車場荒らしなんかよりも面倒なやつが沢山いる。  恩人の仲吉だからこそ、それだけは避けたかった。  しかし、仲吉も仲吉で頑固なやつだった。 「なんでだよ、いいじゃん」 「すきま風あるし、お前が寝たら潰れるようなベッドしかないぞ」 「俺床でも寝れるよ!」 「大体、虫とかどっから涌いてくるかわからないし」 「準一じゃないから俺虫平気だし」  ああいえばこういう仲吉はそう言ってヘラヘラと笑う。  こいつ、人の気もしらないで。 「大体なあ、お前……」  ここがどういう場所かわかっているのか。そう問い質そうと仲吉を振り返ったときだった。  ふわりと生暖かい風が巻き、花の匂いを鼻腔が感じた。  そして、瞬きをした次の瞬間目の前にそいつは立っていた。 「おや、いいじゃないですか。私は大歓迎ですよ、仲吉さん」 「あとりんさん!」  鼓膜に染み付いて離れないその艶かしい声に眉を寄せた俺は音もなく現れた花鶏を睨む。  目があって花鶏は静かに微笑んだ。 「寝床なら私が用意しましょう。ちょうど一台ベッドがあるんですよ」  それってもしかして前言っていたおんぼろベッドのことじゃないのか。  花鶏に目を向ければ俺の疑問を汲み取ったようだ。「この間掃除したんですよ、南波が」と付け足す。花鶏にこき使われてる南波が安易に瞼裏に浮かぶ。南波に同情せずにはいられなかった。  「まじっすか。ほら、準一!あとりんさんもいいっていってるじゃん」  「そうですよ、準一さん。一晩くらい良いじゃないですか」  「あなただって本当は嬉しいんでしょう。仲吉さんがいてくださるのが」含み笑いを浮かべる花鶏に、俺は顔が熱くなるのを感じた。  無意識に舌打ちが出る。  「花鶏さんには関係ないでしょう。俺たちの問題に口を挟まないでください」  「そんな寂しいこと言わないでください。せっかく生身のお方と知り合えたんですから色々話を聞きたいんですよ」  「まあ、これは私と彼の問題なのですからもちろん貴方は口を挟まないですよね」うっすらと笑う花鶏は唇を歪める。  ああ言えばこう言う花鶏。  「そーそー」と隣で頷く仲吉を誰のために言ってるんだとド突きたくなるのを必死に堪える。  しかし、思ったよりも自分は短気だったようだ。  「じゃあもう勝手にしろ!」  能天気で興味好奇心で行動する仲吉に我慢出来ず、気がついたら自分の口からそんな言葉が出た。

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