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 確かに勝手にしろとは言った。  言ったが、本当に勝手にする奴がいるか。  ――応接室。  古ぼけたソファーの上でスヤスヤと寝息を立てる仲吉を見下ろしながら俺は小さく溜息をついた。 「余程疲れていたのでしょう。綺麗な寝顔ですね」  どこから沸いてきたのか隣に立つ花鶏は何気なく続ける。  言う奴が言う奴なだけに、睨むようにその小綺麗な横顔を睨みつければこちらに目を向けた花鳥は肩をすくめ、笑う。 「そんな親の敵を見るような顔をしないでください。別にとって食いやしませんよ」 「信用出来ません」 「悲しいですね、ええ」 「お前の日頃の行いが悪いからだろ、自業自得だ!」  俺の言葉を代弁するかのように噛み付く南波。  花鶏は「貴方に説教されるとは」と肩を竦める。 「いい加減機嫌直していただけませんか?こう見えて、一応反省してるんですよ」 「なんでそんな開き直るんですか」 「私だってあなたと同じ体なんですから、わかるでしょう。理性を保つことへの苦痛にも近い精神状態を」 「恨むなら私を誑かしてきた貴方自身を恨んでいただきたいところですね」と静かに笑う花鶏に俺は憤りを感じずにはいられなかった。  いくら眠っているとはいえ、仲吉の手前でそんなことを言われたくなかってし、第一、南波だっているのだ。  何が何なのか理解していないらしく、とにかくヤケクソに花鳥を罵倒しているだけだが。ら睨めば、薄く微笑んだ花鶏と目があってしまい思い出したくもない先ほどの事情か脳裏を過ぎった。顔熱くなる。 「そんなこというなら、いい加減この首輪を外してくださいよ」  そして、蘇る体の熱を紛らわすようにとっさに俺は窓に目を向けた。  嵌められた窓枠の外、すでにそこは明るくなっていて今が朝だということがわかった。 「おや、もうこんな時間でしたか。楽しい時間というものはあっという間ですね」 「何が楽しいだ!この変態野郎!さっさとこの悪趣味な遊びやめろ!」 「貴方は最後の最後までやかましいですね。今度は猿轡を用意しておきましょうか」  花鶏の言葉に青ざめた南波はしゅんと大人しくなった。  よわいな、と思いながら俺は音もなく目の前までやってくる花鶏から目を逸らす。  花鶏の白く長い華奢な指先が俺の首に触れ、わざとらしく首輪が締め付けるその首筋をなぞるもどかしい感触にぴくりと体は反応した。 「おや」 「いいから、早く外してください」  なにか言いたそうな顔をしてこちらを見る花鶏にそう怒鳴れば、わかりましたと微笑んだ花鶏は今度こそ首輪を掴んだ。  目の前の花鶏の顔を見るのも嫌で、何気なく窓の外を眺めていた時だった。  窓の外、朝日に照らされた木々の隙間に動く影を見つけた。無造作な黒い髪。季節外れの厚着をしたその青年は奈都に違いないだろう。  先程のことがあったせいだろうか。一人の奈都をほっとけなくて、花鶏が首に絡みついた首輪を外すと同時に俺は応接室を飛び出す。  背後から「準一さんっ」と慌てたような南波の声が聞こえたが、首輪がない今わざわざ俺を追いかける必要がないことに気付いたようだ。  南波が俺を追いかけてくることはなかった。  ◆ ◆ ◆  ――屋敷外、裏庭。  久し振りの瞬間移動を使い、さきほど応接間で見かけた奈都がいた場所までやってきたが、すでにそこには人の気配はなかった。  まだ、そう遠くへは行っていないはずだ。  思いながら、俺は青々とした蔦に覆われた屋敷のレンガの壁を添って歩き始めた時だった。  何かが、燃えるような焦げ臭さが鼻孔を擽った。  火という単語にとある場所を思いついた俺は、慌ててそこへ向かうことにする。  焼却炉の付近。ごうごうとなにかを焼き尽くす焼却炉をぼんやりと眺めるように、奈都は佇んでいた。 「……奈都」  考えるよりも先に、体は動いていた。  その後ろ姿に声をかけるが、奈都はこちらを振り返ろうとはしない。 「奈都」  今度はさっきよりも大きな声で名前を呼んだ。  それでも何も答えない奈都に焦れったさを覚え、そのまま俺は奈都のいる焼却炉前まで歩いていく。  いま思えばここで大人しく引き返すという選択肢もあっただろうが、このまま奈都を一人にしておくのが不安でしかたなかった。だから俺は強引に奈都に近づいた。 「な…」  ――奈都。  そう、奈都の肩を掴もうとした時だった。乾いた音を立て、その手は振り払われる。 「……何のようですか、準一さん」  こちらを静かに振り返る奈都。生気のない、何かが抜け落ちたような虚ろな表情。深く濁ったその目。  人が変わってしまったかのような、昨日までとは違う、むしろ見てるこちらを不安にしてしまうような奈都の虚ろな変化に俺は何度も頭の中で繰り返していた掛ける言葉を忘れてしまう。 「なんのようっつーか、その……まあ、大したあれはないんだけど」 「そうですか」  なら、話しかけないでください。とでも言うかのように俺に背を向けた奈都はそのまま歩きだした。  このまま放っておいていたらそのまま消えてしまいそうな気がして、慌てて「待てよ」とマフラーの裾を引っ張った。首輪のリードみたいにピンと張るマフラーに足を止めた奈津はこちらを振り返った。 「……まだなにか」 「少し、歩かないか」 「こんな山でも、マイナスイオンくらいは出るだろ」気分転換にどうだ、と奈都に尋ねれば、相変わらず浮かない顔をした奈都は俺をじっと見つめてくる。 「わかりました」  もしかしたり、断られるかもしれない。その時はどうしようか。  なんてことを必死に考えていた俺はまさかあっさり奈都が承諾してくれるとは思わなくて、その口から出た言葉に思わず「え?」と聞き返さずにはいられなかった。 「……いいのか?」 「準一さんが誘ってきたんじゃないですか。……それに、僕もちょうど歩きたかったところでしたし」  そう、覇気のない声で続ける奈都はわずかに微笑んだ。  疲れ切っていて、それでいてどこか清々した笑顔になんだか寒気を覚えたが一緒にいれるのなら本望だ。 「では、天気が崩れる前に行きましょうか」 「ん、あぁ」  再びさっさと歩き出す奈都に俺はなんだか困惑しながらも慌ててその後ろ姿を追いかけた。  焼却炉が何を燃やしているのか何て気に掛ける暇もなくて、俺はどうやったら奈都が元気になってくれるのかということを考えることだけでいっぱいいっぱいだった。  ただ、脳裏の片隅には応接室に置き去りにしたままの仲吉がこびりついたように離れなくて。  体が2つあればどれだけ良かったのだろうか。  今まで怠慢を働くために考えてきた願望は、今他の人間のために抱かれる。

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