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03

 相手がいなくなり、舌打ちをした俺はそのまま幸喜を残してその場を移動する。  勿論、瞬間移動を使って。  今は、誰と会ってもイライラしてしまいそうな気がしたのだ。 『欲求不満』  そう、花鶏は言った。  仲吉と会えないことが原因で欲求ばかりが溜まっていき、満たされないそれらに気ばかりが焦れて結果的それらはストレスへと変わる。  理屈では理解できた。出来たが、認めたくなかった。口では仲吉を追い返すことばかりを言って、本心では仲吉を望むなんて。  そんな自分に嫌悪を覚えたが、そんなジレンマすらストレスになると思ったらどうしようもなかった。  しかし、前に仲吉に会いたくて頭が可笑しくなりそうになったのも事実で。  また、あの時のような窮屈な息苦しさを覚えなければならないのだろうかと思うと気が遠くなるようだ。  そのときだった。雨音響く廊下の中。窓の外に眩い閃光が走り、次の瞬間、地面を揺らすような激しい雷鳴が響いた。  あまりの大きさに思わず足を止め、窓に目を向けた。  今のは、どっかに落ちたんじゃないだろうか。確実に。  ぼんやりと、変わらず吹き荒れる外の森を眺めていると不意に、廊下の奥で白いものが過る。  気配を感じ、咄嗟に辺りに気を向けてみるが既に一瞬感じた気配はなくて。  もしかしたら、奈都か藤也かもしれない。そう思って、もう少し気配を探ってみるが、雨の音が聞こえるくらいで他になんの気配もしない。  まさか、幽霊とか。  しん、と静まり返った廊下の真ん中。そんな想像をしてしまい、背筋が凍りつくような思いだったがよく考えたら自分も似たようなものだ。  考えるのもバカバカしくなって、結果、見間違いということで自己完結した俺は止めていた足を動かし、廊下を進む。  最近色々あって疲れてたしな、仕方ない。そう自分に言い聞かせるように、足早に。  ――自室へと戻る途中。  客室が並ぶ通路を歩いていたときだった。  とある部屋の前を通った瞬間、ガタリと小さな音が聞こえてくる。  静かな場所だからだろうか、やけにその音が大きく聞こえ、ぴくりと反応した俺は足を止め、その部屋に目を向けた。  そこは、前に藤也が扉を壊した子供部屋だった。 「あ……っ?」  確か、ここって誰も使っていない筈だよな。  あの時は上手に花鶏にはぐらかされていたので聞けなかったので、真意はわからないが。  誰かいるのだろうか。普段なら気にならないのだろうが、先程の白い影のこともあってか無性に気になり、こっそり俺はその子供部屋を覗こうとした。  次の瞬間。 「うるっせえなゴラァ!!」 「っ!!」  隣の部屋の扉がぶっ壊れる勢いで開かれ、般若のような血相の南波が出てきた。  そのいきなりの怒鳴り声にビクゥッ!と肩を強張らせ、硬直する俺。  扉の前で固まる俺に気付いたようだ。出鼻挫かれたようにキョトンとした南波だったが、すぐに青褪めていく。 「……あ?あれ?じゅ、準一さん?」 「わ、悪い……煩かったか?」 「いっいえ!違います違います!準一さんの立てる騒音なら俺喜んでご拝聴しますし!って、違う、あの、準一さんじゃないです」  キョドり過ぎたあまり妙なことを口走る南波は、慌ててぶんぶんと首を横に振る。  さっきの勢いが嘘みたいな萎み方だ。  というか。 「いや、でも、俺しかいないし……」 「雷鳴るといつもうるせえんスよ、その部屋。準一さんは関係ないです!」  断言する南波は、言いたいことだけ言うなり「から、その、すみません!失礼しましたっ!」と脱兎の如く逃げ出そうとする。  その言葉が引っ掛かり、慌てて俺は逃げ出す南波を止めようとした。 「ちょっ、ちょっと待てよ!」  力んでしまい、つい、声が大きくなる。それが不味かったようだ。 「ひいっ!」と飛び跳ねた南波は、そのままぴゃっと扉の陰に隠れた。 「あ、いや、怒鳴って悪い。別に怒ってない、怒ってないからそんな警戒しないでくれ」  ちらちらと扉から覗く金髪が小さく揺れる。どうやら頷いているようだ。  あまりの警戒心に気の毒になってきて、仕方なくそのまま離すことにした。 「その、部屋が煩いってどういうことだ?」 「う……煩いっつか、聞こえませんか?声。ぴいぴい泣き喚いてるじゃないっすか。……あーもう、うるせえっつってんだろうが!!」  突然、苛ついたように南波は壁を殴る。  そのときだった。誰もいないはずの子供部屋の机がガタガタと揺れる。  雷や風のせいではない。明らかに人為的な揺れだ。  ――ポルターガイスト。そんな言葉が脳裏を過る。  しかし、その原因は幽霊だと言われているはずだ。 「おい、もしかして、誰かいるのか。ここ」  苛ついている南波には悪いが、俺には鳴き声もなにも聞こえない。聞こえるのは、物音だけだ。  不気味になって尋ねれば、ひょっこりと扉から顔を出した南波は相変わらず怯えたような目で俺を見る。 「準一さんには聞こえないすか?ガキの声」  ガキ、ということは、子供か。  口振りからすると、幸喜たちではないまた別のなにかを指しているようです。  胸がざわつくのを感じながら俺は「あぁ、全く」と首を横に振る。そんな俺の返答は、益々南波の怒りを煽ってしまったようで。 「くそっ、俺だけかよ。うぜえ、嫌がらせかっての!」  舌打ちをし、独り言のようにぶつぶつと愚痴る南波だったが俺の前だということを思い出したようだ。慌てて咳払いをする。 「とにかく、準一さん、あの、さっきの気にしないでくださいね!ホント、俺そういうつもりじゃなかったんで!」 「失礼します!」と扉越しに頭を下げる南波は言いたいことだけを言い、そのまま部屋の中へと逃げ込んだ。  今度は引き止めることはしなかった。 「……」  南波には聞こえて、俺には聞こえない子供の声。仲吉に対する南波みたいなものだろうか。  ということよりも、てっきりここに住み着いているのは俺たち六人だけと思っていただけに、まさかまだまだ俺に見えないだけで蠢いているのではないだろうかと考え始めたらどうしようもなくなってくる。  いや、しかし、幸喜たちが子供のフリして南波をからかっているということも考えられる。  それと、南波の幻聴ということも。つまり、何一つ憶測でしかない。  なんだか気分が悪くなってしまい、俺は足早にその場を立ち去った。  外は相変わらずの豪雨だった。

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