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【side:仲吉】  仲吉爽は久しぶりに帰ってきた実家にある事実のベッドの上でふて寝していた。  友人である多々良準一に諭され、山奥の旅館へと戻ったはいいが本格的に体調を崩してしまい、心配した家族に半ば強引に引っ張られて帰ってきたのだ。  本当ならまだあの旅館に滞在する予定だった。  しかし、帰宅してからも数日間、高熱に魘され、車の運転は疎か、歩くことすら儘ならなずベッドから起き上がることすら禁じられた。  基本体を動かさないと落ち着かない爽はこうしてじっとベッドの上で寝ていることが苦痛で苦痛で堪らなかったが、そんな爽の性格を知っている家族たちが代わる代わる看病と言う名の見張りをするものだから動くに動けない。  しかし、そんな退屈な生活は今日で終わりだ。 「さや君、熱、下がった?」  通販で売られている胡散臭いオカルトグッズから古ぼけたオカルト関連の雑誌で埋め尽くされた爽の部屋。  姉の|仲吉楓《なかよしかえで》は背中を向けてふて寝をする弟に声を掛ける。  背中を向けたまま爽は答えた。 「んー……知らね」 「知らね、じゃないよ。ほら、体温計」  軽く肩を揺すられ、やっと爽は動く。熱に当てられたせいか頭はぼーっとしていた。  すっかりと無気力になっていた爽は脇の下に挟めていた体温計を取り出す。 「……あ、下がった」 「ほんと?……あ、ホントだ。寧ろ、今度は下がりすぎって感じだけど」  爽から体温計を取り上げ、確認する姉。  そりゃ、布団の中に隠していた氷枕に当てたのだから下がっていて当たり前だろう。  本当はまだ微熱があったが、爽の我慢は限界だった。 「なら、そろそろ車の鍵返せよ」  ゆっくりと起き上がり、楓を見上げる爽は手を出す。  爽には車が必要だった。しかし、いくら体温計の表示が下がっていても楓は簡単に爽を家から出したくなかった。飄々とした爽の態度に、楓は細い眉を釣り上げる。 「また出ていくの?病み上がりなんだからもうちょっとゆっくりしていきなよ。ただでさえ準君のことがあったばかりなのに……」  言い掛けて、楓は自分の失言に青褪めた。  先週事故死した準君、もとい多々良準一は爽と仲が良かった。  楓も何度か会ったことがあり、爽とは全く逆のタイプの人間だったが振り回されつつも弟をよく相手をしてくれていたのを知っている。  準一の葬式の日、涙一つ零さず虚ろな目で佇む弟の姿は未だ目蓋裏から消えない。  今の爽は以前と同じように、寧ろそれ以上に生き生きとしているが楓としてはどこか危なっかしくも見えて。  弟を想ってからの発言だったのだが、無意識に爽の神経を刺激するような言葉に楓は慌てて謝罪する。  だけど、 「あ、ご、ごめんね……そんなつもりじゃないの」 「は?なにが?」 「いや、あの……」 「だから、鍵。この後大学にも顔出すから、車使わねえと」  準一の名前に悲しそうにするわけでもなく、特に変わりない爽に楓は違和感を覚えずにいられなかった。  気を遣ってくれているわけでもないというのがわかったからこそ余計、分からなくなる。 「大学?」 「いいから、鍵」  据わった目。強い口調で促され、なんとなく楓の気分は暗くなる。  本当は渡してはいけないのだろうが、今の爽はなんとなく、怖い。  準一が死んで、家に帰らなくなって、帰ってきたと思えばフラフラしてて。元々放浪癖なところはあったけど、以前の弟とはまるで違う人のように感じた。  言われるがまま、隠し持っていた車のキーを爽に放る。 「あんまり、危ないことしちゃ駄目だよ」  キーを手にした爽はベッドから降り、その場で着替え始めた。  その背中に声を掛ければ、爽は笑う。 「別に、死にやしねえって」  そう歌うように続ける爽は楽しそうに目を細め、そのまま部屋を後にした。  楓から車のキーを取り返した爽はそれを仕舞い、徒歩で街へ出た。  元々、目的地である大学前まではそう遠くはない。  ――仲吉爽が通う大学前の通りにて。  些か天気は悪いが、夏休み効果もあり、大きな店が並ぶ大学前は沢山の人間で溢れ返っている。  そんな中、爽は目的の人物を探す。 「仲吉」  ふと、背後から聞き慣れた青年の声がして、振り返ればそこには茶髪にフレーム太めの眼鏡を掛けたいかにも大学生風の青年が立っていた。  その隣には、肩よりも長いストレートの黒髪の若い女性も立っている。 「仲吉君、久し振り」 「ユタカに九鬼、久し振り」  |薄野容《すすきのゆたか》と|九鬼満月《くきみつき》は同じ大学に所属するオカルトサークルのメンバーだった。  胡散臭いものや心霊現象を好む仲吉爽にとっては気が合う仲間であり、今回、外出した目的でもある。  最後に出会ったのは、多々良準一と樹海の心霊スポットへと旅行したときより前だろう。準一の葬式や体調不良が重なって、なかなか会うことは出来なかった。  サークルの部長であり、高校からの同級生である薄野容とは何度か連絡を取り合っていたが、こうして顔を合わせるのは久し振りだ。 「……あの」  和気藹々と再会を楽しむ爽たち。  聞こえてきたか細い声のする方に目を向ければ、容の背後にはもう一人いた。  恐る恐る、伺うように容の背中から顔を出したその小柄な少年に、爽はぱあっと表情を明るくする。 「おっ、西島もいたのか!久し振りだなぁー」  言いながら、爽は西島と呼ばれた少年の頭をワシワシと撫でる。  思いっきり子供扱いしているが、身長が低めで顔付きが幼いだけであって西島學は正真正銘の大学生であり爽とも同い年だ。  しかし、西島は顔には出さず大人しくそれを受け入れる。  「佑太と蔵元は後で来るって。にしても、まじで久し振りだな。お前、あの後ずっと向こうに入り浸ってたんだろ」  一頻り再会を喜んだ爽に、容は携帯電話を片手に続ける。  佑太と蔵元はサークルのメンバーであり、爽の遊び仲間でもある友人だ。  あの後、というのは準一の葬式のことを言っているのだろう。同級生である多々良準一の死は容の耳にも届いていた。 「まあな」 「多々良のこと、もう大丈夫なのか?」 「まあ、一応一件落着って感じだな」  笑う爽。あれほど仲が良かった多々良準一の死からそう経ってもいないのに笑える爽の神経が気になったが、容にとって爽が元気そうならそれで良かった。 「それで、また一難って感じ?」 「一難っていうか、なんだろうな。ちょっと色々あって俺も頭こんがらがってんだけど、取り敢えず、場所変えようぜ。なんか雨降りそうだし」  満月の言葉に苦笑した爽は気を取り直すように提案する。  灰色の空は先程よりも淀んでいて、今にも一降りしそうな気配があった。 「……あの、降水率、80%だって」 「うそ、私傘持ってきてないんだけど」 「大丈夫大丈夫!ユタカがなんとかすっから!」  焦る満月に笑う爽。 「俺かよ」と顔を強張らせる容は、一先ず全員を近場の飲食店へ避難させることにする。

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