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05

「ってわけで、幽霊がまじでいるってことがわかったわけ!すごくね?あいつはまじでまだ生きてんだよ!」  場所は変わって近場の飲食店内。閑散とした店内に、興奮気味の爽の声が響いた。  容たちに、ここ数日間、心霊スポットと謳われる屋敷で見たもの起こったことを説明した。準一には他言無用と睨まれていたが、自分の同志である彼らには言いたかったのだ。仲吉爽は大人しく墓場まで持っていく性格はしていない。  しかし、同志である三人の反応は鈍い。 「……うーん、仲吉の話が本当なら確かに凄いことだけど」 「だろ?!」 「仲吉君、声大きいよ」  満月に小声でされ、爽は「あ、わり」と慌てて口を塞ぐ。  一部始終を聞いていた店員の目が若干冷ややかなものになっていたが、それくらいで怖気付く爽ではない。 「でもさぁ、ホント、興奮しちゃってやべえの。他にも幽霊いるっぽいしさ、やっぱあの幽霊屋敷、マジだったんだって」 「……」 「なに、ユタカ。その顔。まさか俺のこと信用してないわけ?」  喋れば喋る程興奮を隠せない爽だったが、向かい側に座る容の表情が難しいものになっているのは気になったようだ。  笑みを浮かべたまま尋ねる爽に、容は困ったような顔をした。 「信用っつか、ほら、お前多々良と仲良かったじゃん。……死んだってショックで脳が誤作動して幻覚見てるだけっていう可能性もあるだろ?」 「信用してねえじゃん」 「そんくらいで怒んなよ。俺は可能性の話をしてるんだ」  みるみると不貞腐れた表情になる爽に、容は首を横に振った。  そして、気を取り直すように咳払いをする。 「でも、確かに気になるな。あそこの山は死亡事故も頻繁に発生してるし、変な噂もよく聞く」 「噂?」 「例えば、ほら。……學」  容に呼ばれた西島は小さく頷き返し、小さな体には似付かない大きなショルダーからノートパソコンを取り出す。  そして、とあるページを開いた西島は全員に見えるようにそれをテーブルの上に置いた。  爽と満月は食い入るように画面を覗き込む。 「……これって、雑誌のページ?」 「仲吉が行ったっていうお化け屋敷はよく色んな雑誌に載ってるんだよ。んで、一枚目はこれ」  そう言って、容は画面に表示された雑誌から切り抜いたような記事を指差す。 『本当にあった!A県の樹海にある謎の屋敷!』というなんとも仰々しい文字とともに、とある洋館の写真が貼られていた。  その洋館は、爽にとっても見覚えのあるもので。 「あぁ、これだ。俺が見たのこれだった」  確か、準一に見せたのもこの雑誌のページだったはずだ。  そんなに昔のことではないのに、ひどく懐かしい気持ちになる。そんな爽を一瞥し、容はパソコンに視線を向けた。 「そんで、二枚目は……っと、これな」  容に言われる通りに西島はパソコンを操る。  すると、すぐに次の画像が表示された。そして、その画像を見た爽と満月は目を丸くする。 「あ?」 「これって……」 『某樹海に佇む謎の施設に突撃』という見出しのページには、コンクリートが剥き出しになった廃墟の写真が載せられている。  突然関係のない雑誌の切り抜きを見せられ、爽たちは不思議そうに容を見上げた。 「容君、これがどうしたの?」 「だから、さっきの心霊スポットだよ。住所も同じ」 「え、でも大きさ形から全然違うよ?」 「つか俺見たの、洋館だったけど」  首を傾げ、口々好き勝手言う二人に容は不敵に微笑む。 「まだあるぞ。學」 「……」  応えるように小さく頷く西島は、慣れた手付きで次の画像を表示した。  今度の記事は白黒だったが、先程同様写真が載っている。  住所は同じだが、洋館とも廃墟とも違う日本家屋のようだった。 「こっちは、和風屋敷だな。それも、一番古そうだ」  白黒で画像が荒く、詳しくは分からないが所々崩壊してるのがわかった。  最初の洋館とは形すら違う。  どれが本物かわからなくて、そもそもこの記事が偽物なんじゃないのかと爽は疑わずにはいられなかった。  しかし、それも呆気なく壊される。 「どうなってんだよ、これ」 「全部同じ場所にある同じ建物に違いないんだ。……ほら、三枚とも建物の周りに同じ冊があるだろ?三つの建物が同じ敷地内に存在しているとは考えられないし、考えられるのはどれも同じ建物だということだけだ」  淡々とした容の言葉は理解できた。言われてみれば、どの写真にも同じような柵は写り込んでいた。  茨や蔓が絡んだ、錆びた鉄製の柵。しかし、それは実際爽が通っていた幽霊屋敷には存在していなかったはずだ。  それとも、あまりの興奮で見逃してしまったのか。また、確認しなくちゃ。そう、爽が食い入るようにパソコンの画面を見詰めていたときだ。 「でも、それってどういうことなの?仲吉君、確かに洋館に入ったんだよね」  クエスチョンマークを頭上に浮かべた満月に尋ねられ、思考が飛びかけていた爽ははっとする。  そして、慌てて頷いた。 「ああ、ほら、写真も撮ったんだ」  そうだ、写真。  咎めるような準一を振り払い、撮りまくった写真があったじゃないか。  これなら、ちゃんと柵が写り込んでるかもしれない。  思いながら、サークルの仲間たちと会うために事前にプリントした幽霊屋敷での写真を取り出す。そして、テーブルの上に広げれば、三人は凍り付いたように固まった。 「ほら、こっちが庭でこっちが中。ロビーと応接室。掃除しててくれたみたいでさ、ちょっと小綺麗になってんの。面白いよな」 「あの、仲吉……」 「それで、こっちが……」  みるみる内に青褪める三人に気付かず、そのまま笑顔で写真について一枚一枚説明していた時だった。 「仲吉」と、強い口調で呼び止められ、そこでようやく爽は容に視線を向ける。  苦しそうに、顔を引き攣らせた容はテーブルの上の写真に視線を落としたまま再度ゆっくりと唇を開いた。 「…仲吉。これ、なにも映ってないんだけど」 「……は?お前、ちゃんと眼鏡拭いて見ろよ。コーヒーで曇ってんじゃねえの?」  爽は容が冗談を言っているようにしか聞こえなかった。  だって、手元の写真には全てくっきりと風景が映りこんでるし、ピンぼけ一つすらない。  これをなにも写っていないなんて、無理がある。  茶化して笑うが容の表情は硬いものから変わらない。  代わりに、爽は満月に声をかける。 「なあ、九鬼」 「……」  そういって振り返るが、満月の表情もどこか薄暗いままで。 「西島、お前は見えるよな。な?」  なにも言わず顔を引き攣らせる満月の態度から察したのだろう。  しかし、それでも諦めずに西島にも返答を求めた。  二人同様顔色の悪い西島だったが、その反応は二人とは違ったものだった。 「……うん」  小さく、頷く西島にようやく安堵したようだ。  パッと表情を明るくした爽は調子を取り戻す。 「ほら、見ろよ!そんなドッキリで俺をハメようとすんじゃねえよ!」  二人に向き直り、そう勢い付く爽に「あの」と珍しく西島は声を張り上げた。  驚いたように爽は西島を振り向く。  おずおずと顔を上げた西島はテーブルの上に無造作に置かれた写真の内の一枚を指さした。  爽曰く、洋館の全体を収めた写真だ。 「……でもね、僕には和式の屋敷に見えるんだ」  ぽつりぽつりと、か細い声で続ける西島に爽たちは「は?」と目を丸くする。  爽自身、まさかそんな返事が返ってくるとは思わなかったのだろう。  狼狽える三人に構わず、西島は次々と写真を指した。 「ここには、屋敷の入口。こっちは広間。ここは縁側で……」  言いながら示すのは、爽が説明したものとほぼ一致していた。  しかし、西島の目には別の建物が写っているという。 「こ、ここは……」  不意に、西島の声が震える。  目を細める西島が指したその写真は、応接室で笑顔を浮かべる花鶏がカメラに向かって手を振っているもので。  西島の顔色は青く変わっていく。  そして、呻くように喉奥から声を振り絞った。 「焼けた、人が」

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