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06
「西島君まで……」
西島學は、元々あまり心霊を得意としない。寧ろ、苦手な部位に入るだろう。
人よりも霊感、というよりもあらゆる感覚が過敏だった。他人には感じないものを感じ、見、聞こえる。そのお陰か、人一倍ストレスを感じやすい性質のようだ。
そんな西島だが、やはり容同様興味を抱いたらしい。同じ心霊苦手仲間の西島の同意に、満月は狼狽えずにはいられなかった。
焦れる満月とは対照的に、爽の目は活き活きと輝きを増すばかりで。
「なら、決まりだな!おい、仲吉、お前と多々良が泊まってた旅館あっただろ。あそこに予約入れとけよ」
「ああ、わかった!」
先程までの通夜みたいな空気はどこへ行ったのか、オカルトサークルメンバーたちはわいわいとはしゃぎ始める。
その中で一人、九鬼満月だけは浮かない表情のままだった。
「ねえ、ちょっと待ってよ。本当に危ないかもしれないんだよ?」
どうして死人が出た心霊スポットに行くのか。もし、爽や西島の言葉が本当なら、そこってかなり危ないんじゃないのか。
実質無関係だからこそ、満月は客観的に物事を見て触れない方がいいと考えた。容や西島もそのはずだ。なのに、なぜわざわざそんな幽霊がいる場所に行かなければならないのか。
爽の言う友好的な霊の存在自体、満月には信じられなかった。ホラー映画の影響だろう。元々、満月は幽霊やホラーなどといったものが苦手だ。オカルトサークルに入ったのだって、占術も扱うとメンバー募集のポスターに書いてあったからだ。
占いサークルがない大学で、占術好きの満月は占いの結果入会した。したけど、実際は考えていたものとまったく違っていた。
まず、女の子がいない。最初はいたが、皆辞めた。それも無理はない。サークル内容はハードな日程の心霊スポットツアーにUFOを見るために山に登る。
珍しく部屋を出ないと思えば、どっから持ってきたのかわからない大画面スクリーンを壁に張り、モザイクなしのスプラッター映画。バラバラ死体が埋まっていた林で残りの部位を探そうとしたり、やたら血腥い思いでしかない。
それでも楽しかったから今までなんとか満月はやってきていたが、それも、限界だ。
「だから、無理してお前はついてこなくていいんだって。第一、男ばっかだしな。どうせお前んとこの親父が反対すんだろ」
容の一言に、ぶつりと満月の中の何かがキレる。
わなわなと腹の底から込み上げてくるものに全身が震えだし、それを堪えるように満月はぐっと拳を握り締めた。
そして、
「なんで、なんで、女だからって仲間外れにするのぉ……っ!」
顔をぐしゃりと歪めた満月の目にぶわわっと涙が浮かび、容はぎょっとする。
「えっ、ちょ、なんで、泣……」
「私も行きます!三人だけじゃ危ないし!」
そう言い張る満月に、あからさまに容は顔を顰めた。
空気を読まずに、「お!流石九鬼!」と茶々を入れる爽の頭を叩いた容は呆れたような顔をして涙ぐむ満月を睨む。
「おい、お前本気で言ってんのかよ。なにがあるかわかんねえんだぞ!」
「そんな危ないところに仲吉君たちはいくんだよね?……なら、私も行く!」
「だからなぁ」
オカルトサーに入った時からだ。女だからという理由で、容からあらゆる行事に関わらせてもらえなかった。
死体探しも、心霊スポットツアーも、全部、本当は自分も混ざりたくて仕方なかったのに。
サークルメンバーの蔵元は「容君、童貞だからね」と笑ってたが、今回だけは絶対に参加したかった。なんとしても。
なんとなく、ここで諦めたらもう皆と集まれないような気がしたから。
「……薄野君、九鬼さんを説得するのは無理だと思うよ」
満月の血相からただならぬものを感じたようだ。
小声で耳打ちする西島に、容は「はぁ」と大袈裟に溜息を吐く。
「行くったら行くもん!」
「いいじゃん、旅は道連れっていうし」
「縁起でもないこというなよ」
西島も爽も今回の満月の参加については賛成のようだ。
自分だけあまり意固地になっても怪しまれるし、どちらにせよこの調子だと満月はなにがなんでもついてくるつもりなのだろう。
前、怖いものが苦手なくせに肝試しに付いてこようとする満月を気遣って適当な店で放置したとき、大型バイクを走らせ墓場へ突っ込んできた時の目と同じだ。
ここは、参加を認めなければ轢かれる。
そんな気配すらある。
「……でもまあ、部長としては喜ぶところなんだろうな」
複雑な心境の容だったが、満月の想いが嬉しくないといえば嘘になる。
諦めたように苦笑する容に、ぱあっと表情を明るくした満月は「やったー!」と両手で爽とハイタッチをした。
店の外、叩き付ける雨は益々激しくなるばかりだった。
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