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 飲食店を後にし、また夜準備をして集合するということで満月と西島とはその場で別れた。  残った爽と容は、時間に間に合わなかったもう一人のサークル仲間、蔵元和尚(くらもとかずひさ)に会いに行く。  駅前にある蔵元のバイト先であるショップの前。バイト上がりの蔵元と落ち合った。  雨宿りのため、近所の公園に入った三人。爽と容は概ねの成り行きを蔵元に伝える。ひと通り話を聞いた蔵元は、信用しているのかしていないのか耳たぶにぶら下がるピアスを弄りながら「うーん」と唸った。 「なるほどねえ、まあ、俺のいないところでなんとも盛り上がっちゃってさぁ?正直、拗ねちゃうよねえ」 「お前がバイトあるっつったんだろ、蔵元」  真面目に聞いているのか聞いていないのか、微妙にズレたことを言い出す蔵元に眉を潜める容。  その刺々しい態度に、蔵元は小さく笑い「まあねぇ」と頷いた。  容はあまり蔵元を得意としていない。どちらかと言えば、マイペースな蔵元と仲がいいのは同じくマイペースな爽の方だった。 「カズ、お前はどうする?あれだったら車運転してもらいたかったんだけど」 「わざわざそれ俺に聞いちゃうわけ?さーやってば鬼畜だねえ」  クスクスと笑い、蔵元は目を細める。  そして、口角を持ち上げるだけの薄い笑みを浮かべた。 「行くよ。じゅんじゅんにも久し振りに会いたいしさぁ」  じゅんじゅん。蔵元は多々良準一のことを愛称で呼んだ。  準一はその呼び名を気に入ってはいなかったが、死んだ相手にも蔵元は構いはしない。  軽薄なその口調から、容はすぐに蔵元が爽の言葉を信じていないとわかった。それでも、当の爽はそれに気付いていないようだが。 「本当か?!」 「お前から誘ったんでしょ」 「そうだけど……でもよかった!ならあと佑太だけか!」  そう、嬉しそうにはしゃぐ爽の口から出た固有名詞に蔵元は眉を顰める。 「佑太ぁ?なに、あいつも来んの?」 「あぁ、あいつこういうの好きそうだしな」 「……やだなぁ、俺、あいつ嫌いなんだよねぇ」 「そんなこというなよ、多分佑太もお前のこと嫌いだぞ」  茶化すようにそう容が口を挟めば、うんざりとした様子の蔵元は「ふつーそれ言っちゃう?」と呆れ顔をする。  蔵元と佑太が嫌いあっている仲なのはサークル内でも有名だ。  元々、遊び人で派手好きの蔵元と陰気で摩訶不思議を好む佑太とは正反対なのだ。話が合わない。 「で、いつ行くの?それ」  佑太の参加にヤル気が削げたように見えたが、それでも蔵元は意外にも乗り気のようだ。 「は?今夜」  即答する爽と容に、「わぁ……」と蔵元は顔を引き攣らせた。  二人のように極端な即行動派ではない人間からしてみれば当たり前の反応だ。  呆れたように笑う蔵元はそのまま空に視線を向ける。 「ま、いいけよりによってこんな天気の夜行っちゃうなんてお前ららしいよね」  ざあざあと地面に叩き付けられる泥混じりの雨に苦笑する蔵元は「ま、いいけどさ」と小さく呟いた。  ◇ ◇ ◇  夜に出発する。  そう決め、一旦別れた仲吉たちサークルメンバーは改めて待ち合わせ場所で落ち合うことになった。  夜の駅前公園。  その前に停めてある車の前、既に集まっていた爽、容、西島、満月、蔵元は各々携帯電話を弄ったり公園の時計をちらちらと眺めたりして残り一人のサークルメンバー、佑太の到着を待っていたのだが……。 「だぁああ!おっせえ!なにやってんだ佑太は!」  待ち合わせ時間から三十分経過し、まず痺れを切らしたのはサークル部長である薄野容だった。  遅刻魔にかけたまま繋がらない携帯電話を握り締めそのまま機体を地面に叩き付けそうな気配すらある容に冷や汗を滲ませた満月は「薄野君、落ち着いて」と苦笑混じりに宥める。 「そうそう、禿げるぞー」 「ゆーたーかー、それ以上後退したらまじやばいって。ほら、リラックスリラックス」 「うるせえ毟り取るぞ……!!」 「きゃーこわぁーい」  そんな容を面白がる爽と蔵元に、ただでさえイライラしていた容の中のなにかがブチ切れそうになるが、それを察した満月はなんとかしようと腕時計を一瞥し、そして容の肩を叩く。 「まあまあ、落ち着きなってば。……ほら、まだ三十分しか経ってないんだし」 「三十分もだよ!満月、お前こいつらに感化されすぎなんだよ!」  えー?そうかなーと不思議そうにする満月。  すると、きょろきょろと辺りを見渡していた爽の視界にこちらに向かってよろよろと走ってくる影が写り込んだ。  見覚えのある線の細いシルエットは間違いない、サークルメンバー最年少である紀野佑太だ。 「佑太ー!おーい、こっちこっちー!」  そう手を振れば、こちらに気付いたのか佑太は大きく手を振り返してくる。  車のそばまでやってきた佑太は既に汗だくで、ぜえぜえと息を切らしながらもまだ幼さの残る顔に爽やかな笑みを浮かべた。 「あっ、こんばんはー。すごい、相変わらず皆さん早いですねえ!」 「お前が遅すぎるんだよ、佑太」 「あれれ、おかしいなぁ。ちゃんとアラームかけて間に合うように家でたんですけど……」 「君の場合ー歩くのがとろいんだからもーちょい早くアラーム設定しとくべきだったよねぇ」 「ああ、なるほど!そうですね、流石蔵元さん、頭いいです!」  蔵元の厭味に気付いていない佑太は無邪気に微笑み返す。  紀野佑太は少し頭が弱い。  それが敢えてなのかわざとなのか本当に馬鹿なのかわからなかったが、蔵元和尚はどこかぬらりくらりと掴みどころのない紀野佑太のことが苦手だった。  喜ぶ紀野佑太にどうなってんだろうかこいつの脳味噌の造形は、と呆れつつも蔵元は「はいはい、ありがとねー」と適当にながした。 「んじゃ、もう全員かな?えーっと、1、2……っと」 「うん、……全員揃ってる」 「うわっ!にっしーいたの」 「最初からいたんだけど……」 「やだなーもー。幽霊かと思ってビビっちゃったじゃんー」 「え?なに?幽霊?」 「さーやには関係ねえから鼻息荒くすんなよ」  いつもと変わらない他愛ない会話。いつもと違うところといえば、漂う空気にどこか緊張感が滲んでいることだろうか。  それでも、集まった仲間たちに爽の表情は緩みっぱなしで。 「久し振りだよな、なんかこうして全員揃うの」  バイトが忙しい蔵元や、あまり夜のイベントに参加しない満月、ヘタしたら日付跨るレベルの遅刻魔の佑太。  全員が全員、同じ予定を組み込めるという機会はあまりなく、こうして心霊ツアーに皆が揃うのは珍しいことだった。  そんな爽の言葉に、佑太は不思議そうに目を丸くした。 「あれ、九鬼さんも来てるんですかぁ?」 「うん、薄野君に無理を言って来ちゃった」 「へぇ~……いいんですか?先輩」  ちらりと、意味有りげな視線を容に投げかける佑太。  佑太がいわんとすることに気付いたようだ。  容は諦めたようにわざとらしい溜息を吐いた。 「言ったって聞かないんだよ、こいつは」 「先輩も大変ですねぇ~、まあ、楽しくなりそうでボクは嬉しいですけど」 「そういうことだから、今日はよろしくねえ」  にこりと人懐っこそうな笑みを浮かべる佑太につられるように満月も微笑んだ。どことなく漂う空気が和らいできたとき「あのさ」と蔵元が挙手をした。 「そろそろ車だそーぜ、さっきからさーやが急かしてきてすげーうざいから」  そう、うんざりした調子で促す蔵元に、その背後からちょっかいをかけていた爽は同調する。 「ほら、皆乗れって。せっかくの良い天気なんだから、今のうちにいっとこーぜ」  いい天気というには月も見えない曇天模様だったが、昼間の土砂降りに比べたら雨が降っていないだけまだましだろう。  しかし、空気は湿っておりまたいつ雨が降り始めるかわからない怪しい空だ。 「……僕も、賛成。これ以上暗くなったら運転が困難になるかもしれない」  そんな爽の提案に、西島はこくりと小さくあごを引き頷いた。その言葉は最もで、気取り直した容は大きく頷き返す。 「ああ、そうだな。ほら、佑太、さっさと乗れ」  そして、開いた車の扉から後部座席へと後輩の佑太の背中を強く押せば、佑太は転びそうになり慌ててドアの縁を掴み、体制を取り直す。 「あわわ、そんな急かさないでくださいよぉ。先輩たちってばせっかちなんですから~」  いいながらももたつく佑太の背中を押し、「ほら早く早く」と後部座席へ詰め込んだ満月はそのままその隣へと乗り込む。  それに続くようにして、容と西島も後部座席へ乗り込んだ。  そして、運転席へと戻った蔵元の隣、当たり前のように助手席に座った仲吉爽は全員が乗り込んだのを確認し、目を輝かせる。 「よし、じゃあしゅっぱーつ!」  掛け声とともに、、勢い良く立ち上がる爽。  いきなり目の前で立ち上がる爽に目を丸くした満月は、「あっ、仲吉君、立ったら危ないよ」と声をかけるが時既に遅し。  勢い良く爽は天井に頭をぶつけ、そのままの勢いで座席に落ち込んだ。 「ゔぐっ」 「ああ……」  いわんこっちゃないと嘆息する満月に、ハンドルを握りしめた蔵元は「満月ちゃん、そいつ心配するだけ無駄だからほっといていいよ」と笑う。  そして、六人を乗せた車は走り出し、夜の闇の中へと自ら深く走り出す。  ……深く深く、抜け出すことの難しいくらい深く。

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