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真っ暗な夜の闇が広がる辺りに気配はない。
内心ほっとしながらも、ようやく足を止める。
今になって、心臓が加速する。
何も考えないようにしていたからだろうか、緊張が解けた今になってから額から血が滲んできて。それを拭う。
それにしても、と先程の幸喜の姿が蘇る。
精神年齢が幼いやつだとは思っていたが、あれは駄々っ子だ。それも、小学生にも満たないくらいの小さい子供。
馬鹿にしてるつもりはないが、あの取り乱しっぷりは幼い子供のそれと同じだ。
まるで親離れが出来ていない子供と。
「……」
ふいに、あの子供の姿が蘇る。透けた子供の霊、茶髪の男の子の手作り人形。
いや、まさかな。
とは思うけど、やはり何かあるに違いない。
取り敢えず今は、藤也に人形のことを言わなければならない。
とはいえ、夢中になって幸喜から逃げてしまった今、ここがどこだかすらわからない。
なるべく無駄な気力は使いたくなかったが、こういう時ばかりはやはり瞬間移動という移動手段は有難い。
なんて思いながら、俺は屋敷の応接室を思い浮かべる。
暗転。
「ぁああああ!!」
目の前の景色が見慣れた応接室へと切り替わった時、すぐ隣から気が抜けるような悲鳴が聞こえてくる。
何事かと思い振り返れば、ソファーの上、どうやら俺は南波の隣へと転移してしまったようだ。
奇妙な体勢のまま動かない南波はどうやら失神しているようだ。悪い、南波さん。と心の中で謝罪だけしておく。
「……準一さん、どうしたんですか?」
と、不意に声を掛けられる。
応接室の窓際、佇む奈都は突然現れた俺に目を丸くしていた。
「服が、汚れて」
「少し、転んでな。……なあ、藤也知らないか?」
「藤也君ですか?こちらの方には来てないみたいですね。部屋じゃないですか?」
「悪い、助かった」
「いえ、でもいるかどうかは僕にも……って、あ、準一さん!」
奈都には悪いが、いち早く藤也に会いに行きたかった。
別に藤也の顔を見たいわけではないが、なぜだろうか、先程の幸喜の様子を思い出すといても立っても居られなくて。
あいつなら、何か知っているはずだ。人形のことも。
応接室を出て、客室が並ぶ棟へと向かう。
藤也の部屋が何処にあるのか忘れてしまったので手当り次第扉を開いた。
夜の闇に覆われた窓の外の景色。明かりもないこの洋館では月明かりだけが便りなのだが、空が曇っているようだ。その月すらも見えない中、俺は藤也を探す。
けれど、いくつもある扉を開いても藤也の姿はなくて。
藤也の部屋も見たが、中は植物と虫と爬虫類系の生き物で小さなジャングルと化していたそこには俺が探していた姿はなかった。
トカゲが扉の外へ出てしまう前に慌てて俺は部屋の扉を閉めた。
奈都たちの部屋も含め、全ての客室を確認したが藤也はどこにもいなかった。
あいつ、どこにいるのだろうか。まさか、隠れてるのか。なにから。
「……」
今度は食堂の方も見てみるか。
思いながら踵を返した時、不意に、目についた扉のない客室。
南波の部屋の隣のそこは以前藤也が斧で扉を叩き割ったそこで、外から見て中の様子が分かるので然程気にせず前を通り過ぎていったのだが、何故だろうか。今になって無性に気になってきた。
子供の泣き声。
小さなサイズのインテリアが用意された子供部屋。
子供というキーワードがやけにひっ掛かるのだ。
念のためだ、と自分に言い聞かせるように扉のない部屋へ足を踏み入れる。
瞬間、ずしりと。なにかが頭部から肩へとのし掛かる。実際にはなにものし掛かっていない、空気が重いのだ。湿気で充満した部屋は他の部屋と比べやけに暗く感じて。
前、仲吉と色々な心霊スポットを巡ってきた。けれど、人が死んだという場所ではやはり今のように言葉にし難い圧迫感に圧し潰されそうになっていたことを思い出す。
何かある。
前に来た時も不気味だった。
けれど、今は前よりも格段に瘴気が濃くなっている。
「……藤也?いるのか?」
このままでは雰囲気に呑まれてしまう。そう直感で感じ、咄嗟に声を上げた。
けれど、勿論返事が返ってこなくて。
藤也はいない。ならば、さっさと立ち去ろう。
気味が悪い、というよりも純粋に気持ち悪かった。
呼吸する度に鬱々とした空気が自分の中に入ってきているようで、自然と気分が淀む。
出口から通路へ出ようとしたその時、後方、部屋の奥から微かな風が吹く。
生暖かい、夏の夜独特の風。咄嗟に振り返るが、この部屋に窓はない。寒気が走った。それでも、このまま見てみぬフリをしたら余計気持ちが悪い。
昔からだ、これ以上はまずいと理性が叫んでいても、本能的な好奇心を押さえ込むことが出来なかった。
押さえ込んだことで一生悶々と暮らすことが許せなかった、といった方が適切なのかもしれない。
要するに、自分でも馬鹿だと思うくらいは俺は仲吉に毒されているということだ。
小さく舌打ちをし、俺はゆっくりと部屋の奥へと足を踏み込んだ。
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