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05
「結構撮ったよな、写真」
「そうですね」
あれからどれくらい経っただろうか。
明るくなってきた空の下、屋敷へ戻ってきた俺は奈都と歩きながらカメラのデータを確認していた俺だったが。
「……ん?」
ちらほら見覚えのない写真が写り込んでいる。
撮影時間が夜なだけに全体的に薄暗いのは承知の上なのだが、明らかに撮った覚えのないものがあるのだ。
例えば、祠のような洞窟。そもそも俺は洞窟をこの目で見た覚えはない。
なんだこれ、と何度もその写真を見返していると、「僕も見たいです」と奈都が覗き込んできた。
そして、
「あれ、こんなの撮りましたっけ?」
「いや、撮ってねぇと思うけど……」
「心霊写真……でしょうか」
「俺がいうのもなんだけど……気持ち悪いな、こういうの」
「誰だってそうですよ。……あ、これって」
他の写真を確認していると、不意に奈都が一枚の写真に目を止めた。
それはなんか顔のような形をした大木を撮ったもので、奈都が気になったのはその表情……ではなく、大木の奥、木々に紛れるように写り込んだ人影だった。
「これって、南波さんですよね」
暗闇の中でもよく目立つ金髪の後ろ姿、派手なシャツ。
背格好といい間違いない、南波だ。
けれど、
「いつの間にかに映ってたんでしょうか」
「なんかさっきと服違くね?」
「着替えたんじゃないですか?」
「……着替え?」
いつも真っ赤なシャツを着ている南波だが、写真の中の南波は真っ青なシャツを着ている。
俺からしてみればどちらも着ようと思えない派手さなのだけれど、なんとなく南波のイメージではないため引っ掛かった。
うーんと2人で唸りながら歩いていた時だった。
「……ねえ」
「うおっ!」
突然背後から声を掛けられ、思わず飛び退く。
振り返ればそこには藤也が立っていて。
「邪魔なんだけど、そこに立たれたら」
相変わらず不機嫌そうな面した藤也は「さっきから何騒いでんの?」と眉を顰める。
心霊のことなら霊に聞いた方が早い。
「実は変な写真が撮れて」
そう、藤也に祠の写真を見せる。
すると、益々藤也の眉間には深い皺が寄せられるではないか。
「……なにこれ」
「それが分かんねえんだよ、つーか俺らこんなの撮った覚えねえし」
「こんな祠、見たことないけど」
「藤也君にも分からないということは……ミステリーですね」
カメラの画面を覗き込んだ俺たちは唸る。
森の中を徘徊するのが趣味である藤也に分からないことが俺に分かるはずもないわけで。
流れる沈黙、そんな中口を開いたのは藤也だった。
「どこを撮ったの?……これ」
「前後の写真からして……なんだっけ、奈都」
「あれですよ、準一さん、確かお墓の側の変わった花」
「ああ!そうだ、それだ!」
思い出せてスッキリする俺とは対照的に藤也は不可解そうに首を傾げた。
「……お墓?」
「森の奥にある更地ですよ」
「……あんなところまで行ったんだ」
「そうそう、そこで南波さんと会って……ああ、そうだったな、思い出してきたぞ」
ここ最近頭を使うことがないせいか衰えていた記憶力をガンガン働かせていると、「ちょっと待って」と藤也が口を挟んできた。
「……南波さんと会ったの?」
「会ったというより、ちらっと見掛けたって感じですけどね」
「南波さんなら……」
そう、藤也が何かを言い掛けた時だった。
後方、食堂の扉がぶっ飛ぶ勢いで開かれる。
「んだよ、クソガキィ……馴れ馴れしく人の名前呼んでんじゃねーぞ!殺すぞ!」
聞こえてきた今にも噛み付きそうなその声は間違いなく南波のもので。
まさかこのタイミングで現れるとは思ってもいなくて、というか、
「な、南波さん……?」
相変わらず真っ赤なシャツを着崩した南波は俺を見るなり「えっ?!」と声を裏返らせる。
「アッ、じゅ、準一さん!お務めご苦労様です!!」
違うし可笑しいし。
しかし一々南波の言動を突っ込んでいたらキリがない。
それよりも、気になることと言えばだ。
「その服……」
「へぁ?!服?!変っすか、この服……!」
「い、いや、そうじゃなくて……」
「……写真のものと違いますね」
そう、俺の代わりに答えてくれたのは奈都だった。
確かに南波のセンスは一般人の普通のそれより尖ってるが、それだ。俺が引っ掛かっていたのは。
「写真んん?」と眉を寄せる南波に、俺たちは例のカメラに写り込んだ南波の写真を本人に見せることにした。
そして、
「って、なんだよコレ!……俺じゃね?」
「だからそう言ってんだろ」
「ぐおっ!」
何が起こったのか南波の悲鳴が上がるが恐らく見えないところで藤也の物理攻撃が炸裂したのだろう。止める隙もない早業だった。
「で、でもなんすかこれ。いつの間に……」
「さっき森の中で撮ったんですよ、そしたら南波さんが紛れていて……」
「さっきっすか?!や、俺、そんな所行った覚えねえんすけど……」
困ったように項垂れる南波。
本人も何が起きているのかわからないようで、混乱しているその様子は嘘を吐いているわうには見えない。
俺と奈都は顔を見合わせた。
「……おい、どういうことだよ、これ」
「僕にも何がなんだか……」
「南波さんは屋敷にいたよ。……南波さんの顔の上で虫相撲してたから間違いない」
サラッと恐ろしいことを言う藤也だが、詰まらないジョークを嫌う藤也の言葉は無視できない。
でも、藤也たちがいうことが本当だとしたらだ、俺たちが見た南波は、写真の南波は……。
「じゃ、じゃあ、これってなんだよ。つーか、どういうことだよ、これ」
「す、すみませんっ……俺にもなんのことやら分かんねえっつーか……役立たずの能無しでごめんなさい!」
何もそこまで言ったつもりはないのだけれどと困惑していると「準一さん」と奈都に呼ばれる。
「こうなったら花鶏さんに相談してみませんか?」
「花鶏さんに?」
正直、嫌だ。妙なこと言ってはぐらかされるのは目に見えてるし、大体本当ならばあの人と顔を合わせることすら避けたいというのに。
「でも……確かにスッキリしねーしなぁ……」
これでもし、南波の生き別れの兄弟だとか元々は1つの肉体に宿っていた人格が分裂しただとかいわれたらと思うと今からでも生きた心地がしないが、このままでいるよりは聞いた方がましだ。
そう決心した俺は、奈都たちとともに花鶏の部屋に向かう。
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