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06

 何があれば取り敢えず花鶏。  というわけで、俺たちは花鶏の部屋へとやってきていた。 「それで、そんなに大世帯で私の部屋まで来たと」 「どーせお前の仕業なんだろうが!俺の偽物を用意しやがって!」 「そんなわけないでしょう。そもそも貴方の偽物を用意する理由がありません」 「んなことはどうでもいいんだよ!土下座しろ土下座!」 「な……南波さん、余計話がややこしくなるので落ち着いて下さい」  南波が八つ裂きにされる前に宥めれば、「準一さん」と何か言いたそうにする南波。しかし、大人しく引き下がってくれたので助かった。  そして、見計らった藤也はカメラを手に花鶏に歩み寄る。 「準一さんが撮った写真に変なのが写り込んでるらしい……これがなんなのかわかんない?」 「変なもの?……少々お借りします」  そう、藤也からカメラを受け取る花鶏。  使い方分かるのだろうか、このオッサン。と思ったが、画面を見ることくらいは出来るようだ。 「ほう……これは」 「この場所のこと、知ってるんですか?」 「いえ、全く。ただ、随分と綺麗に撮れていると思いまして」 「そこじゃないですから」 「ええ、分かってますよ」  完全に、誂われてる。  全くもって不愉快だったが、そんな俺に益々花鶏は楽しそうに笑うばかりで。 「……それで、こちらの写真を撮影したのは?」 「俺ですけど」  それがなんに関係あるのかわからなかったが、花鶏は応える俺に「なるほど」と頷くだけだった。  なんとなく引っ掛かったが、深く追求する暇もなく花鶏は口を開く。 「それで、南波の偽物というのはどういう」 「屋敷にいたはずの南波さんと森で会ったんです。……と言ってもちらっと見ただけなんですけど、僕は」 「けど写真にもちゃんと映っていて」 「これはまた……」  花鶏の手元を覗き込み、例の南波らしき人影が映り込んだ画像をスライドして選ぶ。  他にも色々な写真を見せている内に「ちょっと待って下さい」と花鶏に呼び止められた。 「さっきの、一つ前のものに戻っていただいてもよろしいでしょうか」 「別にいいっすけど」  お願いします、と言われ、戻れば表示された画像は幸喜が勝手に撮った俺の写真だった。  そういや、この黒いのも気になってたんだよな。 「準一さん、この写真は」 「ああ、それ、幸喜のやつが撮ったんすよ。勝手に。なんか黒くなってるんですけど……」 「黒く、ですか?」  そう驚いたのは、俺同様覗き込んでいた奈都だった。 「……貴方には見えないんですか?この写真が」  奈都だけではない、花鶏も、藤也も南波も神妙な顔をして俺を見ていた。  どういう意味か分からず、もう一度画面に視線を戻すが何度見ても変わらない。そこには黒いモヤが掛かった気持ち悪い写真しかなくて。 「……何か写ってるんですか?」  なんか、おかしいのだろうか。不安になってきて、恐る恐る尋ねれば三人は顔を見合わせた。  そして、口を開いたのは花鶏だった。 「ええ、そうですね。貴方と……仲吉さんが」 「……え?」  一瞬、聞き間違いだと思った。  だってなんで今仲吉の名前が出てくるのか分からなかったし、どこを見ても仲吉の姿はない。  まさか、この黒い靄が仲吉かと言うのだろうか。 「何言ってんすか……ホント、これのどこが……仲吉……」  誂われてるのだろう、そう思って笑い飛ばそうとするけれど、他の奴らの目がまるで不思議なものを見るかのように俺を見るものだから自分の目が可笑しいというその可能性が否定できなくて。何も言えなくなる。 「……これは、なかなか面白いですね」  そう笑う花鶏の声は、俺の耳に届かなかった。  結局、例の南波の偽物も謎の場所についても何も分からなかった。  その代わりに。 「……」  幸喜に撮られたあの画像を見直す。  そこに映った俺にはやはり黒いモヤが取り付いていて、首や肩に絡むそれはどう見ても人の形には見えない。  花鶏は、仲吉が映っていると言った。  そんなはずがないと思い、奈都たちにも尋ねてみたが他も、花鶏と同じ反応だった。 「……どういうことだよ」  誂われてるのかもしれないと思ったが、奈都や南波がそんな嘘を吐くとは思えない。  だとしたら、何故俺には見えないかだ。  幸喜が、あいつが俺を撮った後に妙な顔をしていたときのことを思い出す。  後期にも、仲吉が見えたということか。  考えたところで一向に答えは出ない。  それどころか、胸の中のモヤモヤは膨れるばかりだった。  ……なんか、気持ち悪ィ。  自分の見えてるものが他人と違う。  それだけで、なんだろうか、酷く居心地が悪かった。  自室に戻ったあとも、ずっとカメラの画像を確認していたが何度見ても画像は変わらない。  深いため息を一つ、俺はカメラをポケットに仕舞った。  このままカメラと睨み合っていても時間の無駄だろう。  外はいつの間に明るくなり始めていて、俺は部屋を後にした。  この画像に映り込んでる祠を見つけることが目的だった。  実際に有無を確認することが出来れば、何かが分かるような気がした。  ……自己満足と分かっていたが、このまま燻っているのは性分ではないのだ。  部屋を出て、一階のロビーに向かうため階段を降りていたときだった。 「準一さん」  ロビー、階段下で人影が動く。  ……藤也だ。 「写真、撮りに行くの?」 「撮りに行くわけじゃねーけど、さっきの祠が気になってな。……ちょっと散歩ついでに」 「……ふーん」  そんなにカメラのことが気に入ってるのだろうか。  藤也らしいといえば藤也らしいのかもしれないが、祠への手掛かりがこのカメラに入ってる今藤也には貸せない。  と、思ったがそんな俺の心配は無用だったようだ。 「……俺も行く」 「お前も?」 「準一さん一人じゃどうせ迷子になるだろうから」  どんだけ信用がないのだ、俺は。  ショックだったが、正直藤也がいてくれたら心強い。 「……なら、道案内頼んでもいいか?」 「構わない……暇だし」  というわけで、俺と藤也は屋敷を後にした。  まだ朝だというのに既に気温は高く、聞こえてくるジリジリというセミの声が余計むさ苦しいというかなんというか。 「……多分、こっち」  そんな中、さっさと歩く藤也は相変わらず涼しそうな顔をしている。  ……どことなくその横顔が楽しそうに見えるが、もしかして探索とかそういうのが好きなのだろうか。  なんて思ったが、本人に言ったら怒ること間違いないだろう。  なので、俺は大人しく藤也のナビについていくことにした。  が、それが間違えだったようだ。 「……おい、藤也」 「何」 「本当にこっちの道であってるのか……?」  最早道とも呼べない急な坂の上、無造作に生える木を掴みよじ登りながらも俺は先を行く藤也の背中に声を掛ける。 「……俺の言うことが信じれないってわけ?」 「そういう訳じゃねーけど……この間、ここら辺通った記憶がねーんだけど」 「誰が同じ道通るって言った?これは近道だから」  当たり前のように答え、当たり前のように坂を歩いていく藤也に「本当かよ」と突っ込みたくなる。  俺だって藤也を疑いたいわけではない、わけではないが、小1時間歩いているというのに目的地どころか以前通ったはずの道すら見当たらないのだ。確かめたくもなる。  それにだ、藤也はこんな獣道にも関わらず自分の体質を活かしてさっさと歩いていくのだ。  いくら死んでから大分この体に慣れてきたとは言えど、まだ生きていた頃の癖が抜けきれていない俺にとってこの道はキツイ。さっきからうっかり足が滑ったらどうしようとかそんなことばかりが頭を過ぎっては気が気でないのだ。 「と、藤也……っ」 「今度は何」 「ちょっと待ってくれ……早いんだよ、お前」 「準一さんが遅いだけじゃないの、それ」  図星なだけに言い返せない。  悔しかったが、下手に焦って真っ逆さまになった方が笑えない。  足を滑らせないよう気を配りながら次の一歩を踏み出した時、不意に目の前に生白い手が伸びてきて、俺の手を掴んだ。 「……っ、うわ」  何事かと顔を上げれば、無表情の藤也がこちらを見下ろしていた。  次の瞬間、ぎゅっと手を握り締められ、まさか藤也が俺に手を差し伸べてくれるとは思ってもいなかった俺は驚きのあまり足を滑らせた。 「あ」  やばい、これは、落ちる。  藤也の口が、小さく「間抜け」と呟いたのを確かに聞いた。  悲しいことに否定する材料を持ち合わせていない俺は、嫌な浮遊感を全身で感じながら目を瞑った。  そして、次の瞬間、俺は地面に転がされられていた。 「ッ、つ……ゥ……!!」  全身に、叩き付けられるような衝撃が走る。  けれど、思ったよりも落下の衝撃がなかったような……。  恐る恐る目を開けば、地面には沢山の草が生えていた。  これがクッションになったのだろうか、と上半身を起こしたときだった。 「……あんたさ、学習能力ないの」  どこからともなく、藤也が現れる。  手を払いながら冷たい目を向けてくる藤也の言葉はいつも以上に胸に突き刺さる。  そう言われても無理もないだろう、初対面のときからといい、なぜだろうか藤也の前では格好が付かないのだ。

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