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「わ……悪い……」 「そう思うんなら自分の体ぐらい自分でなんとかしてよ」 「あんた、ただでさえ図体でかいんだから」と、冷ややかに吐き捨てる藤也。  その言葉に、ようやく俺は自分がいる場所に気付いた。  てっきり落ちたとばかり思っていたが、よく見ると辺りは先程までの急傾斜とは違うようだ。  もしかして、と慌てて崖の下を見れば、先程までよじ登ってきた坂が目についた。  俺は藤也に引っ張り上げられたようだ。 「た……助かった、ありがとな」 「あんたのお礼も聞き飽きた」 「……」  ぐうの音も出ないとはこのことだろう。  助けられっぱなしの今、何を言っても藤也に冷たく突き放されることが目に見えてる。  話を逸らそうと、改めて辺りを見渡してみればそこにはどこか見覚えのある風景が広がっていた。 「……ここは」  空を覆い隠すように伸びた枝葉のせいか、先程までの道程に比べて薄暗く、独特のジメジメとした空気が広がったそこは、確か……墓場と呼ばれていたはずだ。 「……準一さん、ここのこと知ってるの?」 「詳しくは知らねーけど……墓場って聞いた」 「墓場、ね。……そんな上品な場所じゃないけど」  空き地の前、死体が埋まっているであろう地面の上に躊躇いもなく足を乗せる藤也に驚いた。 「さっきの祠……というか、周りの植物の生え方からしてこの辺りと思うんだけど」  言いながら、墓場を通り抜け辺りを見渡す藤也。  不謹慎すぎるのではないかと思ったが、だからといって置いていかれても困る。  なるべく何か埋まってそうな空き地を踏まないように避けながら、俺は藤也についていった。  それにしても、やはり藤也はこの森に慣れているようだ。  いつも幸喜と遊び回っているのだから詳しくなるのも仕方ないのかもしれないが、好奇心旺盛に辺りを探索する藤也を見ていると歳相応の人間に見えて……少しだけ、ほんの少しだが、親近感を覚えた。  本人に伝えたらどんな罵詈雑言が飛んでくるか分かったものではないので俺は何も言わずに藤也に付いていくことにする。 「見当たらねえなぁー……」 「前から、こんなところにあんな祠なんてなかったと思う」  だったらあの写真はなんだ?ということに戻るわけだが。  あるはずのないものが映り込む、この場合も心霊写真ということになるのだろうか。  ……既に死んでるはずの人間が撮った写真に心霊もクソもなさそうな気もするが。  草木を掻き分け、祠を探す。  けれどどこにもそれらしきものすら見当たらない。 「やっぱり、変なものが映り込んだってことか?」 「変なものって何」 「例えば……ほら……祠の思念的な何かが……」 「馬鹿じゃないの」  思念で存在している俺たちがそれを否定するのは身も蓋もない話だが、まあ確かに馬鹿げた話ではある。  けれど、仲吉だったら喜ぶだろうな、こういうの。  祠に思念があると思えないし、だとすれば祠に祀られた何かを信仰する誰かの念という方がしっくりくる。 「……」 「藤也、そっちは何か見つけたか?」 「ない。……準一さんは」 「こっちもそれらしき影すら見当たらねーよ」 「……」  藤也は何かを考え込んでいるようだった。  慣れない探索ごっこをしたことで気疲れしてしまったようだ、手頃な岩に腰を掛け、俺は辺りを見渡した。  虫の声が煩いとか、この際そんなことはどうでもいい。  もう一度あの祠を確認してみるか、とカメラを撮り出す。そして何気なく例の写真を表示した時だ。 「……ん?」  祠が写り込んでいる写真が見当たらない。  見逃したのだろうかと思い、何度も遡っては繰り返し探すが祠が映り込んだ画像はない。  その代わり、先程まではなかったはずの画像が一枚加わっていた。 「……これは……」 「……何?」 「いや、なんか……写真がおかしなことになっていて……」  見覚えのないその画像は、先程通ってきた墓場を映していた。  地面を写したその写真が何故墓場と思ったのかというと、草一つ生えていないまっさらな地面は俺はここに来てあの場所以外見たことないからだ。 「見せて」と、覗き込んでくる藤也に俺は墓場の写真を見せる。 「祠の写真がなくなって、代わりにその写真が入っていたんだ」 「ここって、さっき通ってきた……」 「やっぱり、墓場だよな」  藤也が言うのだから間違いないだろう。  可能性が確信に変わったところで根本的な解決にはなっていない。これでは、ますます意味が分からなかった。 「…………」  そんな俺以上に険しい顔をしてカメラを睨み付ける藤也。  何か気になることでもあったのだろうか。 「なあ、藤也……」  何かあったのか、と尋ねようとした矢先だった。  藤也はカメラを手にしたまま道を引き返し始める。  まさか、と思い、慌ててその後を追い掛ければ案の定藤也が墓場を調べていた。  座り込み、何やら地面を触っている藤也。 「……準一さん」 「あ?なに?」 「ここの右下に表示されているのが撮影した時間帯だよね」 「ああ、そうだな……って、え?!」 「……」 「これって……どうなってんだ?」 「それは……こっちが聞きたい」  藤也の言葉に、地面を写したその写真の日付に目を通した俺は自分の目を疑った。  年月の部分が文字化けを起こしているのだ。  その代わり、日付と時間帯だけはちゃんと表示されている。 『6/23 11:25』  6月……それはもう、数ヶ月前に過ぎているはずだ。  もしそれが元の持ち主、仲吉が撮っていたものとしても可笑しいのだ。  突然現れては、最新の画像に紛れていたその写真は明らかに異質だった。

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