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08
ただの日付バグならまだいいが、立て続けに起きるカメラの不調をただのバグだと思えなかった。
それに、この映像だ。画面いっぱいの砂利からして墓場の地面を移したことには違いない。
だとしたら、何故、こんなことが。
「どういうことだよ……これ……」
「六月って、とっくに過ぎてるはずだけど……」
他の画像の日付はまともなままで、地面の画像だけがおかしなことになっていた。
こんなことならまだあからさまな心霊写真の方が気持ちいい。なんでまたこんな微妙なものばかりが出てくるんだ。頭が痛くなってきた。
「ここの元の写真は?」
「覚えてない……けど、他のとあんま大差ない風景の写真だったと思う」
「……」
流石の藤也も頭が追いついていないらしい。
何度もデジカメの中の画像を見ては、眉間の皺を深く刻ませる。
「……これ、昔の写真とかを上書きコピーしてしまったとかじゃないの」
「いや、そんな機能はないはずだ」
「なら……なに、これ」
そんなこと、こっちが聞きたいくらいだ。
仲吉は何も言ってなかったし、もしも以前から怪奇を撮す曰く付きのデジカメならばあいつが喜んで俺に話してくれただろう。
……いや、確かにそんな話は聞いたかもしれない。
確かあいつは花鶏の写真が焼死体だとかどうとか言っていたが、それを撮したのがこのカメラということなのだろうか。
詳しく聞かなかったことを後悔したが、どちらにせよここに来てから異常を来していることには違いない。
……なにか、嫌な予感がする。
「……六月……もしかして何かあったのか?あの墓場で……今年じゃなくて、もっと前とかに」
「……一々覚えてない」
「だよな……」
「だよなって何、あんたに言われたくないんだけど」
「そ、そういう意味で言ったんじゃねえって。怒んなよ……」
藤也も見えているということは俺の目の錯覚ではないというわけだ。
だとしたら正真正銘の変な写真だ。
何故そんなものが写ったんだ。
考えてみれば見るほど疑問ばかりが浮かんできて、答えは出てこない。
「しっかし、分かんねえなぁ……。なんなんだよ、このカメラ。変なものばっかり映しやがって」
「……」
仲吉に言えば喜びそうなネタだが、俺からしてみれば普通に写真を撮らせてくれた方がよっぽど嬉しい。
せっかくの気分転換のつもりだったのに、謎が謎を呼び、気になって撮影会どころではなくなるしいい迷惑だ。
「……それって、仲吉のやつなんでしょ」
「え?あ、あぁ」
「もしかしてあいつ、そのカメラに何かしてない?」
先程まで黙り込んでいた藤也が口を開いたかと思えば、真面目な顔をしてそんなことを言い出した。
「何かって……何だよ」
「呪いとか」
まさか遠隔操作でイタズラか?と思ったが、藤也の口から出て来たその言葉は俺が普通に生活していたら滅多に聞かない単語そのもので、一瞬、耳を疑った。
「馬鹿言うなよ、つか、呪いって……あいつ、そんなに器用なやつじゃねえし……」
「魔術とは違う。……呪いは本人が意図しなくても掛かる場合があるって、花鶏さんから借りた本に書いてあった」
あの人なんて本読んでるんだ。
というかそもそもそんな日現実的なものがあるわけがないと言いたいところだが自分の存在そのものが非現実的なわけで、俺はぐうの音も出なくなる。
「強い思いは呪いになって物質を捻じ曲げる。それは無意識の場合でも意識下で考えていたら呪いとなって現れる」
「……あいつが変な写真を撮りたいって思ったせいで、このカメラが変なものばっかり撮してるってことか?」
そんなまさかと思いつつも尋ねれば、藤也はコクリと小さく頷いた。
『言っただろ、お前の見てる世界を見てみたいって』
不意に、仲吉の言葉が脳裏に蘇る。裏表のない笑顔。
あんな笑い方をするやつが呪いなんて大層なことを仕掛けることが出来るとは思えなかった。
けれど、現に俺の写真に仲吉の思念が写り込んでいたとも言うし、その可能性を全否定出来ないでいる俺がいることも事実なわけで。
「……」
過去が映るデジカメ。呪い。残留思念。
「……わっかんねえ」
「知恵熱出るよ」
「う……うるせぇよ。……けど、やっぱりこれ、ただの偶然ってわけじゃないんだろうな」
もし仲吉の呪いとやらで変なものが映るようになったとして、写った写真まで仲吉が関与しているとは思えない。
だとしたらこの意味の分からない地面の写真も何かの意味があるというのだろうか。
そう思うと無視できなかった。
押し黙り、考え込む俺達の足元にポツリと小さな雫が落ちる。
そしてすぐにそれはデジカメを握る掌にも落ちてきて、つられて空を見上げれば覆われた葉の隙間、灰色に淀んだ空から無数の雨が降り注ぎ始めているではないか。
「……一度、屋敷に戻る?」
「いや、俺はもう少しこの辺り探索してみるよ。悪かったな、付き合わせて」
こういうとき、雨を気にしなくて済む霊体は便利だと思う。
「お前はもう戻っていいぞ」と、藤也に声を掛ければ少しだけムッとした藤也な「……あっそ」とだけ呟き、そのまま姿を消した。
あいつの怒りの沸点がよく分からないが中々低いことは確かだろう。
デジカメをポケットに仕舞った俺は墓場へと戻っていた。
そして、草一つ生えていない砂利ばかりの地面を探し、俺は爪先で軽く土を掘り返していた。
時折カメラを取り出し、写真を比べてみれば瓜二つだ。
ここで間違いない。
けれど、ここまで似通ってるとなるとやはりこの写真は今年のものということだろうか。
思いながら写真を観察していたときだった。
一瞬、瞬きをしたほんの一瞬の間だった。
写真の中に、先程まではなかったものが写り込んでいた。
「……あ……っ?」
地面の上、軽く土を被ったそれは光を反射し、キラリと光っている。
突如カメラの中に現れたそれは、シルバーの指輪だった。
俺は疲れているのだろうかと何度も目を擦ったが、見間違いではない。確かに、シルバーの指輪が画像の中で転がってる。
なんだこれは。
俺の行動に反応するかのようなタイミングで現れた指輪はに背筋が薄ら寒くなってきて、咄嗟に足元に目を向けるがそれらしきものは見当たらない。
だとしたら、と俺は座り込み、地面に手を着き、その場を掘り始めた。
半信半疑だった。
なかったらなかったらでいい、どっちにしろ気持ち悪い思いをするくらいなら行動を起こした方がましだ。
土を堀り返し、俺は写真の中の指輪を探す。
次第に雨脚は強くなり、頭上から打ち付ける大きな雨粒に根本から濡らされた髪が肌に張り付き、なんとも気持ちが悪い。
けれど、雨のお陰で大分土は泥濘み、掘り返しやすかった。
泥の中に手を捩じ込み、中を探す。
爪の中に砂利が入って気持ち悪かったが、それでも手袋やスコップを使うよりかは感触を掴める素手の方がいいと思ったのだ。
どれくらいの時間が立ったのだろうか。
遠くで響く雷鳴を聞きながら、俺は泥の中、埋まった手を引き抜いた。
そして、その指先、確かに掴んだそれを見て、息を吐き出した。
「……まじで、あった……」
今の今まで泥に塗れたそれは雨に流され錆びついた銀色が現れた。
写真よりも古く、錆びついているがそれは写真のものと同じ形をした指輪だった。
半信半疑だっただけに、本当に現れた指輪はには驚いたが、それ以上に信じてよかったという気持ちも大きかった。
……しかし、指輪が出てきたところでどうしようもない。
取り敢えずポケットに突っ込んだ俺は、雨から逃げるように屋敷へと戻ることにした。
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