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09

 屋敷に戻ると、たまたま通り掛かったらしい奈都が俺の姿を見て驚いていた。 「準一さん、大丈夫ですか?すごい濡れてますよ。何か拭くものを……」 「いや、いい。大丈夫だから。ありがとな、奈都」 「いえ、そんな……あの、これ使ってください」  言いながら、奈都はコートから取り出したハンカチを俺に手渡した。  必要ないというのに、それでも差し出してくる奈都の気遣いは純粋に有り難い。「有難う」とそれを受け取った俺は雫が滴る額を拭った。 「藤也君から聞きました。……あれから何か分かりましたか?」  そっと、奈都は尋ねてくる。  あれから、というのは写真のことだろう。俺は、指輪のことを言おうか迷っていた。  けれど、相手は奈都だ。少なからず他のやつらよりかは信用できる。俺は正直に話すことにした。 「何も分かんなかったんだけどな……地面を撮してた写真に指輪が浮かんでさ」 「指輪ですか?」 「ああ、それで今手当たりしだい墓場のところを掘り返してたんだが……これが出てきて」  怪訝そうにする奈都に、俺はポケットからくすんだ銀の指輪を取り出し、奈都の目の前に差し出す。 「これって……」 「ほら、この写真なんだけど……これだよな?写真と違って随分と錆びてっけど……」  現物だけ見せても仕方ない。俺はカメラを操作し、奈都に例の写真を見せた。  画面には最後に見たときと同じ指輪の画面が表示されていて、それは奈都にも見えてるようだ。何度も見比べては、益々奈都は難しい顔をした。 「あの、これって……墓場から出てきたんですよね」 「ん、あぁ」 「だったら、もしかしてそれって……」  そう、奈都が言いかけた矢先のことだった。 『てめぇー!クソガキ待ちやがれッ!!』  遠くから聞こえてくる南波の声。  そしてバタバタと喧しい足音が上の階から聞こえてくる。  どうやら幸喜たちと追い掛けっこでもしているのだろう、元気だな、と飽きていると、奈都は指輪を隠すように俺の手を握りしめた。 「……奈都?」 「……あの墓は、確か花鶏さんと南波さんの死体が埋まっていると聞いてます。……他にもいらした方が埋まってるのかもしれませんが、もしかしたらあの二人のどちらかのものという可能性もあるってことですよね」 「これが……?」  声を潜める奈都。  確かに、持ち主のことを考えるならそうだろう。 「……本人たちは至って気にしてる様子もありませんし、もしかしたら第三者のものである可能性もありますが今現在残っている霊体からしてこんなことが出来る力があるのは僕達みたいに具現化出来る人物の可能性が大きいです」 「もしかしたら……義人みたいなやつがいるってことか?」 「その可能性もゼロとは言い切れないですが……僕は南波さんが気になります」 「南波さん?」  確かに、南波は他のやつらに比べてアクセサリー類を身につけていることが多い。だとしたら、その内の一つをうっかり落としてしまったということだろうか。  けれど、奈都の考えは違うようだ。 「本人は知らないと言っていましたが、他の写真にも南波さんの姿が写り込んでいました。もしかしたら、その指輪も南波さんの思念が無意識の内にカメラに影響を与えたのではありませんか?」  考え込む奈都は静かに続ける。  そんな中、頭の中に『呪い』という単語が浮かび上がる。  そんなまさか、とは思ったが……否定しきれないのが現状だ。そもそもあの南波のそっくりさんとこの指輪が関係しているのかすら怪しいが、なんだろうか、奈都に言われるとそんな気がしてしまうのだ。  ……けれど、そうするとだ。 「それなら本人に確かめた方がよくないか?指輪なら尚更、現物見た方が分かりやすいだろうし」 「そこが気になるんです。……もし本人が意識していないでこんな風に影響が出たとしたら、可能性としては二つ。一つは本人の中では封じているために本人の意識下で働いてしまった場合と、二つ目は嘘を吐いている場合です」 「どちらにせよ……ろくな思い出じゃないってことか」 「はい。……あくまで推測に過ぎませんが、僕は直接本人に伝えるのは危険だと思います」  奈都の言葉には一理ある。慎重過ぎるのではないかとも思ったが、下手に動いて悪化してしまうことを考えるとそこまで注意すべきなのだろう。 「だったらこれはどうすりゃ……」  いいんだ、と手元の指輪に視線を落とす。  その銀は、窓の外で空を照らす雷光を反射し、鈍く光っていた。  先程よりも雨が強くなったような気がしないでもない。 「雨が上がったら、もう一度写真を撮りに行きませんか?」 「それで、確かめるってか?残留思念が何を伝えようとしてんのかを」 「本人の口よりもカメラを通した方が雄弁のようですしそれが確実だと思います」  そう、奈都は続けた。他人の過去を嗅ぎ回っているようでなんだか嫌だったが、持ち主が分からなければこの指輪を返すことも出来ない。 「……そうだな」  俺はそう奈都に返した。気が付けば、全身は乾いていた。

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