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 雨が上がるのを待つため、奈都とともにロビーへと向かおうとしたときのことだった。 「おや、随分と遅い帰宅ですね」  突然、声を掛けられ飛び上がりそうになる。  振り返れば、いつの間にかそこには花鶏が立っていた。 「外の雨に打たれて冷えたでしょう。貴方のために暖炉に火を焚き、部屋を暖めておきました。どうぞ温まって下さい」  そう、談話室の扉を開く花鶏は笑う。  いくら雨の日とは言え、今はまだ残暑が厳しい夏だ。  それよりも、まるで俺がどこで何をしていたのかを見ていたかのような口振りが引っ掛かった。 「……別に、冷えてませんよ。幸い、雨に打たれてもいませんでしたし」  ちょっとした、反抗だった。雨に打たれ、濡れていた体も乾いていた今、何故花鶏がそのことを知っているのか。  敢えて真実と逆のことを口にすれば、微かに花鶏の左目が開いた。 「おや、それでは余計なお世話でしたか……」 「……いや、せっかくなんで暖まらせてもらいますよ」 「……準一さん」 「なあ、奈都もどうだ?」  何か言いたそうにする奈都に尋ねれば、奈都は少しだけ考え込んでそして小さく頷いた。 「僕でよかったら、ご一緒します」と。  談話室に足を踏み入れた途端、廊下と違り独特の熱気を全身に感じた。  壁に取り付けられた暖炉の中で揺らめく火を一瞥する。  確かに濡れた体は渇いていたが、冷え切って凍えそうになっていた身としては花鶏のお節介が身に沁みた。  けれど、俺はそれよりも気になることがあった。  仲吉から聞いた、花鶏の写真の話だ。花鶏を撮影したはずの写真に写っていた焼死体。それが本当に花鶏だとしたら、花鶏の死因に火が関係すると思うのだけれど。 「これで、温かい紅茶などがあれば最高のお茶会になったのでしょうが……」 「でも花鶏さん、この天気では最高と言えないんじゃないんですか」 「おや、なかなか無粋なことを言いますね、奈都君は……」  揶揄なのだろう。笑う花鶏に奈都が訝しげにしていたが、俺は何も言わずにソファーに腰を下ろした。  花鶏の過去を詮索するつもりはなかったが、やはり、全く気にしないというわけにもいかないのが人間の性のようだ。 「……この火って、どうやって起こしたんですか」  俺は、なんとなくを装って花鶏に尋ねた。  それは純粋な疑問だった。  着火方法となればこんな電気も通っていない山奥の寂れた場所じゃ限られてくるだろうが、俺としての問題はそれが花鶏の手で直接行われたのか、否かだった。 「どうやって、と言われましても……いくら私でもパイロキネシスは使えませんからね。勿論、これを利用しましたよ」  そう、着物の裾から取り出したのは小さな箱を取り出した花鶏はそれを俺に差し出した。それはマッチだった。  予想は付いていたが、俺が気になったのはマッチが入っているこの小箱だ。 「随分と……新しいですね」  小箱には飲み屋の住所と電話番号か書かれていた。店で無料で貰えるものであったが、それを花鶏が持っているとなると違和感しかなかった。 「花鶏さんも飲み屋に行くんですね」 「そりゃあ私だって人間ですからね、酌を交わしたい日もありますよ。……と言いたいところですが、それ、私のものではないんですよね。この間遊びに来られて方が落としていかれたんですよ」  まあ、そんなことだろうとは思った。  遊びに来たやつって、薄野達のことだろうか。  でも、花鶏が焼死したとして、自分から火を起こすような真似をするのだろうか。  俺だったら自分を死に追いやったものに近付くような真似は出来ないだろう、と思ったが必要あれば崖を降りることもするだろうし、亡霊として長い間彷徨っているせいで生死の観念が薄らいできているのだろうか。  気になったが、やはり踏み込んではいけないラインがあるように俺が探ろうとしていることがその『踏み込んではいけない』ラインである気がして、俺はそれ以上聞くことが出来なかった。  外の雨の音はまだ鳴り止みそうにない。

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