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 帽子屋のお茶会に招かれたという二人の男。  態度もデカければ口も悪い栗毛の男は三日月ウサギ。  そして、背筋が通っていないのかと思うほどだらしないボサボサ頭の男は、眠りネズミと言うようだ。 「王子って、なんでそんなやつがこんなところにいるんだよ。帽子屋、あんた等々誘拐に手を出したのか?」 「彼はお茶会に招いた客人だと言っただろう。そう、この芳しい紅茶の薫りに誘われてやってきた蝶のようなものだ」  肝心の知りたいことは帽子屋に聞いても斜め上の返答しか返ってこない。  ならば、と隣のエースを見る。  『いい加減説明しろ』と視線で促せば、エースも気付いたらしい。 「わかりました。そのですね、帽子屋殿とは元々クイーンの命で彼に怪しい動きがないか定期的にここへ訪れては動向を見張っていました」 「ああ、そうだね。君は随分と隠んぼが下手だったからすぐに気付いたんだがな」 「……それで、その……」 「こうして何度かお茶会に招いていたんだよ。隠れていようがいまいが、要するに私を見張ればいい話だからね」  つまり、偵察のつもりがバレてしまったということか。  母が聞いたらそれこそ死刑ものではあるが。  なるほど、これがエースが帽子屋について言葉を濁す理由か。 「それで、その、今回のことは……彼、帽子屋殿もあの裁判に来ていたと」 「彼女が裁判に掛けられたのだ、見に行かないわけにはいかないだろう。さぞ面白いものが見れるだろうと胸を躍らせていたのだが……全く面白くなかったね。ああ、思い出しただけでも吐き気がするよ」  この男のような派手な格好の男がいればすぐに気付くはずだろうが、この男も傍聴席にいたというのは知らなかった。  けれど、少なくともこの珍妙極まりない男でもあの一方的な裁判には嫌疑を抱いているということか。 「万一に備え予め、エース君には何かあれば頼ってくれと伝えていた。そして、彼はやってきた」 「……そういうことです。彼は、問題のある人間ではありますが……クイーンとは旧知の仲でしたので、その」 「ああ、そうだね。彼女は私の芸術を『ガラクタの方がまだよっぽど役立つ』などと言って褒め称えていた。数少ない、芸術について話し合える人間だった」  それは大分齟齬があるような気もするが、女王は帽子屋の人格に問題があると知り、それでも尚問題ばかりを起こして牢へ入れることはあっても実際に死刑にすることはなかったのだ。  奇妙な友情があったのだろうか、それともただ女王は諦めていただけなのかわからないが、それでもそういう風に母を褒められると悪い気はしなかった。 「そんなこと、全然知らなかった……」 「君たちは聞かなかっただろう」 「まあな、上がどうなってようが興味ねえし」 「……」  やはり、この三日月ウサギという男は好きになれそうにない。  自分だってこの国の民のくせにまるで自分には関係ないと言うかのような物言いだ、あと態度がでかい。 「……そういうわけです。帽子屋殿、貴殿には面倒を掛けますが……王子の体調が万全になるまでの間匿っていただけませんか」 「それに対する返答は必要かい?」 「……感謝します」  深く腰を折って頭を下げるエース。  頭を下げるべきか迷ったが、それよりもこちらを向いた帽子屋と目があった。 「王子、ここでは好きなように過ごしてくれて構わない。君の城に比べては小さいだろうが、君たちの部屋も一応用意させていただいた」 「……悪い、助かる」 「なに、そう畏まらないでくれ。一人は寂しいだろう、話し相手ならここにはたくさんいる。美味しいお茶が飲みたくなればいつでも誘ってくれ」 「……」  やはり妙に噛み合わないが、最悪だった第一印象よりも帽子屋は善人のように思えた。  状況が状況だからだろうか、見つかれば自分も逃亡者を匿っていたという罪に問われるだろうに手を差し伸べてくれるほどのお人好しだ。  他人の悪意に充てられて来てばかりだったからこそ余計、そう感じるのかもしれない。

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