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02
それから、僕は三人とともに食事を取ることにした。
食事というよりも午後のティータイムのようなものだが、城を出て以来のまともな食事だ。
それに、牢でもろくなものを食べていない。
だからこそ余計洋菓子が甘く感じた。
「お前たちは、その……なんなんだ?帽子屋の居候なのか?」
空腹もほどほどに、僕はずっと気になっていたことを尋ねてみることにする。
三日月ウサギと眠りネズミは目を合わせ、「なんだろうな」と声を揃えた。
「まぁ……王子様と似たようなものだよ、ここにいたら帽子屋さんの美味しい紅茶も飲めるし、好きなだけ眠れるし……最高なんだよねえ」
「ネズミらしいな、ま、俺も似たようなもんだけどな」
「答えになってないぞ」
「彼らもまた君と同じように宛もなく彷徨っていて、この紅茶の薫りに誘われてきた。それだけだよ」
「あんたはそればっかりだな」
「おや、ご不満かい」
「僕は、あんたのことも聞きたいことは山ほどあるんだ」
「王子に興味を持っていただけるとは光栄至極。さてさて好きなだけ聞くといい。私に答えられることならば尽力しよう」
「そんなこと言ってはぐらかすんだろう」
「だな」
「だねぇ」
……なんだろうか、こいつらと話していると力が抜けるというかあまりにも緊張感のないだらけた空気に呑まれそうになる。
今は真剣な話をしていたはずだ、そうだろ。
「帽子屋、アンタはこんな地下でなにをしてる。他人を匿るための部屋を用意して、ただの趣味では不自然だぞ」
「あーたしかに、それは俺も気になるなぁ」
「ふむ、王子の着眼点はなかなか鋭い。悪くないが、そう一方的に決めつけるのはよくないぞ少年。例えばそうだな、僕にはたくさんの弟子がいて自宅に住まわせて面倒を見ていた」
「帽子屋さんに弟子入りする子って相当だよねえ」
「まあ昔の話だ」
「本当にそうなのか……?」
「君は私が何を言っても信じるつもりはないだろう? つまり、そういうことだ。 信じるつもりがなければ私の言葉全て洞話に聞こえ、信じる者なら真実味を帯びる。君次第だよ、王子」
「…………」
やはり、はぐらかされている。
今は何を聞いても無駄だということなのだろう、帽子屋のことを何も知らない僕が何を聞いても。
帽子屋の言葉はペテン師の屁理屈のようなものばかりだが、それでも尤もらしく聞こえてくるのだから恐ろしい。
「まあ、雑談も程々に。これからは少し真面目な話をしようではないか。……と、エース君は?」
「あ、えと……エースは部屋で休ませている。僕が起きてくるまでずっと部屋の前で待っていたようだから、寝かせてきたんだ」
「そうか……エース君も一緒に聞いていた方がいいだろうが、取り敢えず先に、今朝の街の様子を伝えておくよ」
「お、降りたのか?」
「ああ、勿論だとも。今日は週に一度の紅茶の茶葉を仕入れる日と決まっている。散歩がてら城下町へと降りたのだが明日の正午、なにやらアリス君が国民を集めているようだ」
「アリス……ああ、あいつだな。人を非常識扱いしやがったクソガキ」
「……でもミカちゃんは確かに非常識だからなぁ」
「恐らく目立ちたがり屋な彼のことだ、大々的に戴冠式を行うつもりだろうな」
「それは本当かっ!」
「そう言われると思って町の至るところに貼られていた紙切れを拝借してきたんだ」
そう、テーブルの上に一枚の紙を置く帽子屋。
僕たちは椅子から乗り上げるようにしてそれを覗き込んだ。
そして、そこに記された内容に僕は息を飲む。
「ついでに、こちらもちょいと拝借した新聞だよ。クイーンのことも君のことも記事となってるようだ」
続けて置かれたそれを手にすれば、血の気が引いていくのがわかった。
そこに記されたのは、どれもアリスを褒め称えるような記事ばかりで、女王の処刑に関しては称賛するものばかりだった。
それだけでも怒りでどうにかなりそうだったのに、裏面に目を向けた僕は息を飲む。
僕とエースの似顔絵が、お尋ね人として大々的に取り上げられていた。
見つけ次第すぐに城へと連れてこい、そうすれば多額の賞金を渡す。
要約すればそういうことだ。
「な、なんだ……これ……」
「おお、これお前によく似てるな」
「……」
「はぁ、よっぽど君って大切にされてたんだねえ、王子様」
「そんな……はずない……連中は僕たちを捕らえて母のように処刑するつもりだ……ッ!」
「それはそれは……随分と穏やかではないね。けれど、どうするつもりだい?この新聞は街中で配られていた。街の人間はきっと君を見つけるとすぐに通報するだろう、たかだか金のために」
「…………アリスを殺す」
「……なんだって?」
「戴冠式までに、アリスを殺して中止にさせる。そして、僕が王になる」
そうする他ない、母が作り上げてきたこの国のことを考えるならば。
口にするのは安易でも、実際はかなり難しいことなどわかっていた。
それでも、覚悟しなければならない。
何れにせよ、ここが見つかるのも時間の問題である。
このまま全てを見過ごしてあいつらの好き勝手されるのだけは耐えられない。
「イイねえ、お前、チビ助のわりに根性はあるじゃねえの。気に入ったぜ」
「な、なんだよ……気に入ったって」
「俺も乗った」
まるで、賭けでもするかのような軽い口調だった。
三日月ウサギは大きな口を三日月形に釣り上げ、凶悪な笑みを浮かべる。
尖った無数の牙が覗き、ぎょっとする。
「アリスも殺して、王も殺す、そんでお前が王になる。いいじゃねえか、実にシンプルだ」
「出たよ、ミカちゃんの悪い癖……」
「王子、俺もその殺し合い連れていけよ。お前が殺してほしいやつ殺してやるぜ」
「……お前」
なあ、とまるで玩具を欲しがるように顔を寄せてくる三日月ウサギ。
ああ、なるほどなと思った。
この男が表通りに出られないわけ、その理由がわかった。
血に飢えた獣じみたその目には、理性など見当たらない。
興奮気味に早口になるところや、焦点の合わなくなる目は忙しなく、そして浅い呼吸。
どれも中毒者のそれだ。
けれど、猫の手も借りたい現状、この際シリアルキラーのウサギだろうがなんでも構わない。
「――好きにしろ、僕が許可する」
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