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「やめておいた方がいい、それとも君が好奇心旺盛な無害な国民たちを自らの手で傷付けたいと言うのなら話は別だけども」  アリスは殺せない。毒を盛ってもこうして生きてる。それでも、この状況は明らかに僕にとって悪手だった。 「黙れ」とやつの制止を無視してナイフを取り出し、やつの首元に突きつけようとしたときだった。  背中、心臓の裏側に押し付けられる硬い感触に凍りつく。振り返らずとも自分に突きつけられてるそれがなんなのか分かった。 「……やめろ、エイト」 「………………」  ――エイト。  そうアリスは名前を呼んだ。  ハートのエイト――やつは、滅多に表舞台にでてくることもない。そんなやつが何故やつがここに居るのか。  やつは他の一般兵とは違う。やつはクイーンの命に従い、隠密、そして――要人の暗殺等表沙汰にはできないことを請け負う特殊部隊の男だ。  そんな男が自分に銃口を向けている。状況は最悪だった。 「……刃物を捨てろ」  背後から聞こえてくるのは掠れたような低い声。感情が読めない。それでも、向けられるものは敵意そのものだ。  アリスだけならいざ知らず、エイト相手にもなれば話は別だ。  絶対にこの男をエースの元へと向かわせてはならない。それだけは間違いない。  ならば、とナイフから手を離す。そして背後のエイトを振り返ろうとした瞬間だった。手首を掴み上げられる。袖の下、隠し持っていたフォークを抜き取られる。 「……」 「……」  あわよくば、と思ったがやはり気が付かれていたようだ。足元へと落とされるフォーク。けれど、こうしてエイトの足止めを出来るなら。  しかし、ここからは本当にエース頼りになる。金属がぶつかり合う音が響き、舞台上に視線を向ける。  ジャックが手にしているのはあくまで拘束されてる罪人の首を落とすものだ、動いてる人間相手にはあまりにも大きく、隙きだらけだ。  せめてサイスを助けられればと思ったときだった。 「……何故僕達がここにいるか分かるかい? ロゼッタ。……賢い君ならばきっと気付いているのだろうね」  一瞬目を疑った。椅子に拘束されていたはずのサイスが立ち上がり、そして自らの目隠しを外すのだ。気付いたときには遅かった。 「エースッ!! 引け!!」  人混みを掻き分け、少しでも処刑台にいるエースに届くように声を上げるがすぐにエイトに口を塞がれる。  あいつらは――お前を。  エースに切られた兵から剣を拾い上げたサイスが背後からエースを狙う。ほんの一瞬、僕の声に気付いたエースは背後に迫っていたサイスに気付いたようだ。その剣を防ごうとしたとき、処刑台は赤い照明に照らされる。  ――最初から、これが狙いだったのだ。  エイトの手を掴み、引き剥がそうとした。が、力で現役兵隊相手に敵わない。 「ロゼッタ、いけないよ。……せっかく彼の最期の晴れ舞台になるんだ。見届けてあげないと」  アリスはそう笑った。二対一、あまりにも相手にするには分が悪すぎる。せめて逃げてくれ。そう思うのに、声を上げることが出来ない。エースも負けていない、そう、これが戦場ならばだ。 「――ッ、王子」  そう、エースが僕たちに気付いた。僕の背後にいるエイトと、隣のアリスに。その一瞬、出来た隙きを二人は見逃さなかった。サイスの突き立てた剣がエースの腕を斬りつける。それでも、エースは怯まなかった。それどこか、切りつけられたことなど気付いていないとでも言うかのように二人を無視して処刑台を飛び降りるのだ、下に人間がいようが構わず、蜘蛛の子のように散り散りに逃げていく観衆たち。照明はエースを追う。照明のライトだけではなく、兵隊たちもだ。周りの人間を切りつけ無理矢理逃げさせ、道を開けさせたエースはそのまた僕達の前までやってきた。 「王子から離れろ!!」  そう、怪我も傷も構わずアリスに斬りかかるエースに向かって躊躇なくエイトは手にしていた銃口をエースに向けた。やめろ、とエイトの銃口を逸そうとエイトの指に思いっきり歯を立てる。瞬間、血の味が口の中に広がると同時に逸れた銃口から弾が発砲される。地面を抉るそれにエイトが舌打ちしたときだった、エースは僕の背後のエイトに向かって剣を大きく振った。  ――少しでも、隙が必要だった。二人を、この空気を変えるほどの、この状況を覆すほどの隙を。  一か八か、賭けにでた。エイトの体を思いっきり振り払い、僕は自らエースの刃の前に飛び出した。  僕が死ねば、恐らくあの男が――アリスが動くはずだ。そう思ったのに。 「ッ、ロゼッタ!!」  見開かれるエースの目、鼓膜が破けるほどの悲鳴にも似た怒声。そして、抱き締められる体。目の前で輝くのはブロンドの髪。――熱が、広がる。 「ッ、ど、して……ッ」  それが自分の言葉とは思えなかった。  エースの剣を真正面から受け止めたアリス、その胸に深く突き立てられた剣に息を飲んだ。  何故、邪魔をするのか。お前は、最後まで。  僕を庇ったアリスに何が起きたのか分からなかったのだろう、ほんの一瞬の隙を連中は見逃さなかった。  エースの体がびくりと跳ねる。服に広がる赤い染み、その胸から突き出す鋭い刃。エースはそれを無視して、アリスを切りつけた。 「ッ、退、け……ッ、王子から離れろ、この――ッ」  悲鳴。罵声。怒号。獣染みた声がエースの口から漏れる、赤い血も、エースを串刺しにする剣が増えようが、その腹に弾を打ち込まれようが、あいつはアリスの息の根を止めることだけしか考えていなかった。  アリスは僕を抱きしめたまま動かない。何故、早く時間を戻せ。早くしろ、お前は死なないんだろ。そうアリスを見るが、あいつの服も、髪も、赤く染まっていくばかりで、駆け付けた兵隊たちがエースを抑え込む。暗転も幕引きもやってこない。  その代わり、 「……ッ、ぉ、うじ」  地面の上、抑え込まれたエース。その背後、ゆらりと現れたのは大剣を携えたジャックだった。  ジャックの振りあげた剣はそのまま真っ直ぐ、迷いなくエースの項へと振り下ろされる。  ――そして、最期の言葉は血に飲まれて掻き消された。  噴き出す血、まだ暖かいエースの血が赤く飛び散った。  僕は、その場から動くことができなかった。アリスに抱きしめられたまま。目の前に転がる幼馴染の頭。その目は真っ直ぐにこちらを見ていた。  処刑を終え、ついでにと言わんばかりに残った罪人たちの頭を切り落としてきたジャックは笑う。 「撤収だ、後片付けは清掃に任せとけ。……それと、早急に白ウサギを呼べ」

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