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02
「おはようございます、クイーン」
「おはようございまーす!」
「……」
中庭へと向かっている途中、別館の清掃をしていたディーとダムがこちらに頭を下げる。目の前をとことこと歩いていたチェシャ猫には気付いていないようだ、「今日はいい茶葉が入ってきたんですよ」と犬のように笑いかけてくるのだ。
世間話の相手をする余裕はなかった。それでも、やはりチェシャ猫の言うとおりこの世界はなにもかもがおかしい。
処刑された使用人たちも生き返り、まるで生前のように仕事をしている。まるで時間が戻ったような感覚になるのに、いるはずの人間がいない。
無視して通り過ぎると双子の使用人たちは「お暇なとき声かけてくださいね〜お茶用意するんで」と後方から声を掛けてきた。
「いいのかい、君はお茶好きなんだろう」
「……待たせるなと言ったのはお前じゃなかったか」
「ああ言ったさ、でも選択するのは君自身だろう?」
「…………」
本当に、この男は腹立たしい。
相手をするだけ無駄だと分かっていたはずだ。
チェシャ猫の言葉を無視して足を進めた。
中庭では以前処刑されていたはずの庭師が木をいじっていた。薔薇で埋め尽くされた庭園の奥、その男はいた。
日向の下、本を読んでいたようだ。椅子に腰をかけたその男は僕の姿を見るとその本の間に栞を挟み、閉じるのだ。
「――……ロゼッタ、もう体調は大丈夫なのか?」
キング――父はそう立ち上がり、歩み寄ってくる。
この男は、昔からこうだった。いつまで経ってもこの男の中では僕は病弱な子供なのだろう、それが余計腹立たしかった。
「……用は」
「まさかそのために来てくれたのか。……病み上がりだというのに悪いことをした」
用はないのか、と足元で丸くなってなあ、と鳴くチェシャ猫を睨みつければ、やつは「僕は嘘はついていないぞ」と口を歪めるのだ。
これではただの無駄足だ。そのまま立ち去ろうとすれば、「ロゼッタ」と慌てたキングに腕を掴まれる。
「……用はないんだろう。ならば僕は失礼する」
「ディーとダムが言っていた、丁度良い茶葉が入ったそうだ。よかったらどうだ、たまには一緒に……」
「失礼する」
その手を振り払い、僕は中庭を後にする。後ろからとてとてと着いてきていたチェシャ猫はいつの間にか普段の人間の姿に戻っていた。
「いいのかい? せっかくの誘いを」
いちいち癪に障る物言いをする猫だ。こんな煽りに反応するような人間だと思われてることすらも腹立たしい。
「おい、猫。……この世界のクイーンは僕だと言ったな」
「ああ、そうだね」
「ならば、女王は――母様はどこにいる」
「いないよ」
即答だった。ニィ、と口の端を釣り上げて笑うチェシャ猫は目線を合わせるように細長い上半身を傾け、覗き込んでくる。大きな猫目。
「あの勇敢なトランプ兵と同じさ。アリスはどれだけ自分が死の淵に立たされようともまず二人を消すことを優先したのさ。君を歪める根源を消すことをね、本当健気な子さ」
「……待て、なら今の僕は……」
考えるだけでも背筋が凍り付くような事実に気付く。そんなはずがあっていいものかと思いながらも尋ねれば、チェシャ猫も僕が言おうとしたことに気付いたようだ。
歪な笑みを浮かべたままチェシャ猫は僕を見ていた。
「夫婦も親子も同じ家族さ、些細な問題だと思わないかい?」
ねえ、クイーン。そう語りかけてくるチェシャ猫の言葉に、笑顔に、視界から色が失せていく。
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