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「――ああ、これは失敬した。我らがクイーン。……薔薇の園で咲き乱れる貴方も拝見したいところだったが、貴方自身を傷付けてしまうのは不本意だ」
どこまでがこの男の本心なのかは分からないが、僅かな手応えはあった。
相変わらず身振り口振りが喧しい男ではあるが、言葉数とは裏腹にその腹の内がまるで見えない分より厄介だ。
どこまでこの手が使えるかは分からない。下手をすれば自ら茨道に進んでいくようなものだ。
それでも、今現状以上最悪なことになることも早々ないだろう。
「ディー、ダム。この城で一番我がクイーンの希望に沿う場所はどこかい?」
「それはやっぱりクイーンの寝室のベッドですね、ハッター様」
「そういうことかい、承知したよ」
何を承知したのか。目が合えば帽子屋は微笑んだ。その笑みに嫌な予感を覚えたのもつかの間、いきなり膝裏に手を差し込まれる。
「っ、おい、何を……ッ」
「エスコートは紳士の役目だろう。――君の寝室まで責任を持って送り届けよう」
デジャヴ。人を軽々と抱き抱えた帽子屋は言うや否や颯爽と歩き出す。
待て、せめてエースを拾わせてくれ。そう帽子屋の肩を掴み、背後、ひらひらと手を振り見送っていた双子の使用人を睨む。
「おっと、クイーン危ないじゃないか」
「お前が勝手な真似を……おい、ディー! ダム! エースをこちらへ渡すんだ!」
地面に転がったエースの頭部を拾おうとするが無論無駄に細長いこの男に抱えられては届くはずもない。双子に向かって命じれば、ディーはそれを拾って僕の手へと放る。慌ててそれを抱き抱えた。
「っ、わ、っと……おい! ディー、丁重に扱え……っ!」
「あーっとすみません、急いで渡したほうがいいのかと思って」
それはそうだが渡し方というものがあるだろう。言い返したかったが、こうしてエースが手元に戻ってきただけでも僕にとっては救いだった。
それにしても、最悪断られたら落ちてでも拾いにいくつもりだったがちゃんと言うことを効いてくれたディーには驚いた。
敵なのか味方なのかも分からないが、絶対に僕に背くというわけではないらしい。そのことが知ることができてよかったが、状況がよくなったわけではない。
「忘れ物はもうないかい? それじゃあ、行こうか」
この男は随分と楽しそうに笑う。今はその気障な笑顔がただただ癪だった。
気付けば、僕の逃亡を阻んだ茨の壁も消えていた。そのまま帽子屋に抱えられるようにして、僕は城内へと踏み入れた。
ハートの城内には巡回中の衛兵たちがいる。
けれど誰も帽子屋に抱き抱えられている僕を見ても助けようとする者はいなかった。
他は宛にならない、やはり自分自身しか宛にならないのだ。
自室へと辿り着くまでにどうにかして逃げなければ。そう辺りを探るが、気は急くばかりで落ち着けない。この男から漂う甘い香りのせいだろう。
手足もじんわりと熱くなり、その熱は全身へと巡っていくようだった。
「…………っ」
全身の熱はそのまま胸の尖りや股の間へと集まっていく。まるで自分の体ではないように甘く疼き出す体に汗が滲んだ。
遅効性の毒でも飲んだかのような異常さだ。実際に口にしたことはないが、恐らくこういう感覚だろうというほどの異変が己の身に起きているという自覚はある。
「っ、……帽子屋」
気付けば自室は目先というところまで来ていた。帽子屋の胸を叩こうとしたが、思いの外指先に力が入らず、その胸に縋りつくような不格好な形になってしまう。
それを勘違いしたのか、「どうしたんだい、クイーン」と肩から背中へと優しく撫でられる。先程までなら不快感でしかなかったはずなのに、帽子屋に撫でられただけで触れられた箇所がどろりと溶けるように熱くなった。
「……ぁ、……熱い……」
「熱い? ……ああ、確かに君の頬も紅潮してるようだね」
「お、おかしい……体が、白ウサギを呼んでくれ」
自分を陥れようとした相手に泣きつくような真似はしたくなかったが、先程のディーとダムのこともある。一抹の望みに賭けて帽子屋に懇願すれば、ああ、と帽子屋は納得したように微笑んだ。
そして、僕を抱きかかえたままするりと腿を支えていた手は僕の股の間に滑り込む。
「ひっ、う……ッ」
「“これ”は正常な反応だ。ある意味健全とも言える」
「なにを、ふざけて……ッ」
脱がされかけ、穿き直す暇もなく露出させられる下腹部に血の気が引いた。
「やめろ、ここをどこだと思ってるんだ!」と帽子屋を止めようとするが、男の指は僕の懇願を無視してその四肢の付け根の奥、露出した排泄口に柔らかくねじ込まれるのだ。
「っ、ぅ、あ……ッ! ぉ、おまえ……ッ」
「私としてはようやく調子が戻ってきたみたいで安心したよ、クイーン。先刻からまるで生娘のような態度だったからね」
「く、う……あ……ッ」
「君も待ち遠しかったんだろう? ほら、こんなにも肉襞が貪欲に絡みついてくる」
何を、何を言ってるんだ。何をしてるんだ。
顔を上げることもできなくて、僕は帽子屋に下半身を弄られたままそれでもエースを落とさないようにしがみついて耐えた。
僕が腕を使えないことを良いことに、挿入された帽子屋の指は大胆に腹の奥、臍の裏側を揉み扱く。瞬間、尿意にも似た耐え難い感覚が下腹部に広がった。
「っ、や、め……ッ、ん、く……ッ」
「済まないね、あまりにも君が愛らしいから待てずにつまみ食いをしてしまった。……ほら、着いたよ」
伏せたお陰で暗くなった視界の中、扉を開く音が遠くに聞こえた。ぼうっとした頭の中、くちくちと肛門を柔らかく揉み解されながらも僕は帽子屋に抱えられたまま見慣れた部屋の奥――その寝室へと運ばれる。
逃げ出す隙もなかった。
指が引き抜かれたと思えば、そのままベッドへと寝かされる。引き抜かれた指に安堵する暇もなかった。ベッドに乗り上げ、覆い被さってくる帽子屋に全身が強張った。
――今度こそ、逃げなければ。
そう思うのに、中途半端に中をかき回されたせいで体の熱は膨れ上がり、痺れた手足はまともに動くこともできない。ベッドの上に横たわったまま、眼球を動かして目の前の男を見上げることが精一杯だった。
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