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第2話

 そうされてもおかしくない自分の態度は置いておいて、日下はうーん、と伸びをした。ベッドから出ると、すらりとした身体を朝の光に晒しながら部屋を横切り、下着を身につける。  鎌倉の古民家をリノベーションしたこの家は、めったに客も訪れることのない日下の完全なプライベートだ。特に寝室は唯一徹を例外として、日下は自分以外の人間が入ることを好まない。  八畳ほどの部屋に、4号の絵が一枚飾られている。日下の仕事はコレクターなどの顧客に対して作品の販売を行うギャラリストだが、個人で持っている絵は寝室の壁にかかっている小さなこの絵一枚だ。  雪の中に一羽の黄色い小鳥が描かれている。仲間とはぐれたのか、その羽はみすぼらしく、この鳥の未来を暗示している。全体的にくすんだ灰青と山吹の二色で表現された絵は、日下が担当する作家、日高源が初期に手がけた作品だ。  初めてこの絵を目にしたとき、まるで自分を見ているようだと、そんな感傷的めいたことを日下はらしくもなく考えた。以来、日下は個人的にこの絵を所有していることを誰にも話してはいない。それは、日高本人にもだ。なぜなら、日下がこの絵を所有するのは仕事とは一切関係がなく、まったくのプライベートだからだ。  日下の姉の再婚をきっかけに、突如十七も歳の離れた甥と一緒に暮らすことが決まったときは、絶対にうまくいくはずはないと思っていた。しかしそれから四年、日下の予想とは逆に、徹との同居生活は思いの外うまくいっている。  シャワーを浴びると、ようやく身体が目覚めてきた。浴室から出ると、洗面台の鏡に年齢にはふさわしくないすらりとした美しい男の姿が映った。他人からは魅力的だと誉めそやされるその言葉が世辞ではないことを、日下は知っている。しかし当の本人は、自分の美醜にはまったく興味がない。ただ見慣れた姿がそこにあるだけだ。  数日前、バーで会った男が身体に残した痕を見やり、端正な顔がわずかに歪む。もはや名前も覚えていないその男は笑ったときの目が魅力だと思ったが、実際にはセックスが独りよがりで辟易してしまった。別れ際に持たされた携帯のメモはホテルのゴミ箱に丸めて捨ててしまった。もう二度と会うことはないだろう。

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