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第4話
素材は決して悪くない。日下や姉のように繊細なタイプではないが、顔立ちだって悪くはない。むしろ整っているほうだ。
幼なじみでもあった祐介さんと姉が結婚したのは、ふたりがまだ二十歳のときだ。若いふたりの結婚生活は周囲の祝福と助けを借りて、順風満帆にいっているように思えた。裕介さんが突然の病に倒れるまでは。
その場にいるだけで周りの人の気持ちを和ませるような、不思議な魅力を持つ人だった。血の繋がりは不思議だ。年を追うごとに、徹はますます実の父親に似てくる。
「正直あまり覚えていないんだ。でも、衛さんが言うのなら、きっとそうなんだろうね」
日下を見つめる徹の眼差しに、何かを思い出したような色が浮かんだ。父親が亡くなったとき、徹はまだ五歳だった。
さわさわと葉擦れの音が聞こえた。夏の光に、庭木の緑が鮮やかに揺れる。鎌倉は都心からそれほど離れてはいないのに、山も海もある、自然に恵まれた豊かな地域だ。
きれいな黄色のだし巻きがおいしかった。徹がわざわざ市場で仕入れてきたアジの開きも身がほっこりとしていて、いい塩加減だ。日下はもともと食に対する欲求が薄い。旨いものは嫌いではないが、仕事が忙しいときなどは平気で食事を抜かしてしまうし、三食が栄養補助食品でも構わない。それなのに、徹と住むようになってからめっきり口が贅沢になった。
コリコリときゅうりのぬか漬けを噛みしめながら、汁物で流す。ご飯茶碗を手に取った徹が、「そうだ、衛さん」と思い出したように言った。
「きょうは帰りが遅くなる。ゼミの集まりがあるんだ。夕飯だけど……」
「大丈夫だ」
徹に最後まで言わせず、日下は手にしていた茶碗を置いた。
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