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第21話
「さっき、ジェフが衛さんは元気かって。相変わらず高嶺の花のように美しいのかって。東洋の神秘だって」
「そんな言葉、いったいどこで覚えるんだよ」
くだらない冗談に日下は目を閉じたまま、ふっと笑みを漏らした。その声を聞いて、日下の額に触れる徹の手がやさしくなる。
「衛さんはがんばりすぎだ。もっと他人に甘えてもいい」
瞬間、胸が詰まるように言葉が出なくなった。
「……いつも脱いだ服は片付けろ、髪をちゃんと乾かせ、床に滴を垂らすなってさんざん小言を言うくせに」
「それは話が別。衛さんはだらしなさすぎ」
「何だよそれ」
むっとしたように言い返すと、徹の手が包み込むように日下の頭をマッサージした。
「ほら、衛さんの身体はこんなに正直だ」
いつのまにか全身がほぐれ、あれほど重たかった頭は霧が晴れるように楽になっている。
他人に弱みを見せることは苦手だ。セックス以外で誰かに甘やかされるのは得意ではないのに、徹といると気持ちがすっかり油断してしまう。自分が知っている自分でなくなってしまう。
「……もういい。楽になった。ありがとう」
蒸しタオルを取り、身体を起こす。何となく徹の顔が見られないまま、部屋に戻る気にもならずにその場にとどまる日下の横で、徹がおそらく授業で使うであろう、難しそうな本のページを開いた。
日下はリモコンをつかむと、テレビをつけた。徹の横で猫のように丸くなったまま、ぼんやりとテレビの画面を眺めているうちに、次第に眠くなってくる。
「……さん。こんなところで寝ると風邪を引くよ」
額に当てられた手が気持ちよかった。目をつむったまま、日下は自分がなんて返事をしたのか覚えていない。
ふわりと身体が浮く感覚がした。ゆらゆら、まるでゆりかごに揺られるように、そのままどこかへ運ばれる。どこからか甘い花の匂いがした。匂いの正体をたどる余裕はないまま、日下はベッドの上に下ろされると、柔らかな毛布に包まった。
「おやすみ」
やさしい手が日下の髪に触れる。自分に触れるこの手が、決して自分を傷つけないであろうことを日下は知っている。やがて傍らにあった気配が消えても、日下は全身で安心しきったまま、深い眠りへと落ちていった。
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