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第29話
緒方はため息を吐くと、降参するように両手を万歳のかたちに上げた。
「――悪かった。言い過ぎたよ。ついむきになってしまった。衛もすまなかった。どうか許してほしい」
「緒方先生……」
日下を見る緒方の眼差しは、これまで目にしたことのない静かな色が浮かんでいた。緒方が本心から言っていることがわかり、日下はそれ以上怒れなくなる。
「そ、それはもちろんですけど……」
「せっかくの時間を台無しにしたお詫びに、ここは俺が払おう」
思いがけない成り行きに日下がへどもどしている間に、戻ってきたウェイターに緒方が会計をすませてしまう。
店の前で緒方と別れ、日下たちは海沿いの国道を駅に向かって歩く。真っ暗な海の向こうに、小さな街の明かりが見えた。打ち寄せる波の音に、高ぶっていた神経が少しずつ冷静になっていく。街灯に徹の横顔が照らされている。意識して見ていたつもりはないのに、振り向いた徹と目が合ってどきりとする。
「……お前、さっきのは何だよ」
「さっきのって?」
「だからその……」
自分から言い出しておいて、お前が僕を好きだと言ったことだよとは、言葉にしづらい。言い淀む日下に徹が気づいたように、
「ああ、俺が衛さんを好きだって言ったこと? それとも衛さんが俺の気持ちに気づいていて、知らん顔をしていると言ったこと?」
と聞かれ、ぎょっとなった。
「知らん顔なんて人聞きが悪い。……ただ、あり得ないと言っているだけだ」
自分でも歯切れが悪い答えになった自覚はあった。案の定、日下の答えに納得できなかったように、徹が首をかしげる。
「それは衛さんが俺のことを恋愛対象としては見られないって意味? 叔父と甥という関係だから? 俺が衛さんから見たら、まだ子どもだから?」
ひとつでも十分な理由をいくつも挙げられて、日下は言葉に詰まる。お前の言う通りだと言えばすむ話なのに、口にできないのはどうしてだろう。
「それとも、何か別の理由があるの?」
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