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第32話
徹が部屋から出ていった後も、再び寝直す気にはならず、日下はむっつりとベッドから下りた。シャワーを浴びてリビングにいくと、徹がコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。日下に気がつくと、徹は読んでいた新聞を折りたたみ、キッチンに立つ。
「夕べは寝たの遅かったみたいだね。仕事、忙しいの?」
「大したことはない……」
八月末に開催される企画展の準備で、夕べは遅くまで資料を読んでしまった。企画内容を頭の中で巡らせているうちに、ようやく眠りについたのは未明に近かった。出展者には日高の名や、日本画の大家、鷺沼清二の名前も挙がっていて、花園画廊としては何としてでも成功させなければならない企画だ。またプロモーションには緒方の名前も挙がっている。
あれから緒方とは仕事の打ち合わせで何度か会っているが、プライベートでは一度も会っていない。表面上は互いに何でもない振りをしているが、以前とは明らかに何かが違うことがわかる。
これまでプライベートと仕事は切り離し、何の問題もなかったのに、緒方との会食以来、まるでボタンを掛け違えたみたいにすべてがうまくいかない。かといって、緒方以外の男と会う気にもなれなかった。そして、問題はそれだけじゃない。
無意識のうちに顔が曇ったのを、日下は自分では気づいていない。また、そのことに徹が目を止めていたことも。
カチャリと音がして顔を上げると、ティーカップの中に薄ぼんやりとした黄色い液体が入っていた。独特の匂いに、眉間に皺が寄る。
「……これは?」
「ハーブティー。衛さん、疲れた顔をしているから」
「何だかおかしな匂いがしているぞ」
カップに鼻を寄せ、顔をしかめる。これは果たして飲み物なのだろうか。
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