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第41話

 日下が声をかけると、緒方は耳に付けていたイヤホンを取り外した。 「いや。ただ何となくイメージをまとめていただけだから大丈夫だよ」  緒方がノートを閉じたのを見て、日下は正面の席に腰を下ろした。鞄から手帳を取り出すと、「さっそくですが――」と打ち合わせを始める。  今度の企画展のプロモーションは緒方が担当する。緒方のイラストを使ったポスターと共に、若手ミュージシャンとコラボした動画も流す予定だ。これまで絵画には興味がなかった若者たちにも、美術に興味を持ってほしいという試みだ。 「後は無事に当日を迎えるだけですね」  打ち合わせも終わり、日下はほっとした気分で冷めたコーヒーに口をつける。そのとき、緒方の手がテーブルの上にあった日下の手をつかんだ。 「衛、きみにはずっと謝らなければならないと思っていた。あれから甥ごさんとはどうだ? きみは大丈夫か?」  不意打ちを食らったように、いま最も触れたくない話題に触れられる。日下は内心の苛立ちをきれいに消し去ると、口元に笑みを浮かべた。 「緒方先生が心配されるようなことは何もありませんよ」

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