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第42話
すっと、緒方につかまれた手を引く。緒方がわずかに傷ついたような表情を浮かべたが、知ったこっちゃない。
あれから緒方とは何度か打ち合わせで顔を合わることがあったが、互いにこの前の話に触れることはなかった。もともと自分たちの関係は割り切ったものだ。それ以外の何物でもない。前回緒方がしたことは明らかにやり過ぎで、いわばルール違反だった。緒方自身もそれはわかっているだろう。
緒方は頭がよく、プライドの高い人間だ。たとえ本心では面白く思わなかったとしても、去る者を追うような真似はしない。それが日下が緒方に持っている認識だった。まさか緒方のほうからその話を持ち出されるとは思っておらず、日下は内心裏切られたような気持ちになる。
日下は手元の資料をまとめると、コーヒーを飲み干した。緒方を見て、にこりと微笑む。
「それでは当日お待ちしております」
「衛」
席を立った日下の腕を、緒方がつかんだ。近くの席に座っていた若い女性が、ちらりとこちらを見るのがわかった。
「頼むから座ってくれ」
まったく緒方らしくない態度に、日下は眉を顰めると、騒ぎを大きくしたくないためだけに大人しく席に着いた。
「先日の件は俺が悪かった。ルール違反だとわかっていても、きみが彼と一緒にいる姿を目にしたら、どうしても感情が抑えられなかった。気づいているかい、自分が彼のことをどんな目で見ているのか。あれは叔父が甥を見る目なんかじゃない。きみは彼のことが好きなんだろう? 彼はきみの気持ちを知っているのかい? もし伝えていないのなら、それはどうして――」
「止めてください」
緒方の言葉を遮るように、日下はぴしゃりと撥ねつけた。怒りと羞恥で頬が熱くなる。
「衛?」
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