44 / 73
第44話
そのとき胸に影が差したのを、日下は瞬きをしてやり過ごす。自分が発した言葉に、微かだけれどはっきりとした違和感を覚えた。
――……?
日下はゆっくりと周囲を見渡した。緑に包まれたテラス席のある落ち着いたカフェ、ギャルソンエプロンに身を包んだ店員に、この場にいるのが当然のような顔をしている客たち。何ひとつくる前とは変わっていないのに、このすっきりとしない感じはなぜだろう。
「衛……?」
突然ようすを変えた日下に、緒方が心配そうな表情を浮かべる。
「……そうですね、あなたには関係ありませんが、さっきの質問に答えましょうか。徹とは何も問題ないですよ。あなたが心配するようなことは何ひとつありません」
言葉を重ねれば重ねるほど、足下から崩れ落ちそうな不安に襲われる。これまで自分が見ない振りをしていたもの、決して気づきたくなかったものに向き合わされる。
緒方の目が同情するように日下を見ている。緒方はどうしてそんな顔をしているのだろう。日下はまるで自分が駄々をこねる子どもになった気がした。無意識のうちに、庇うように胸の前で腕を組んだ。これ以上一秒だってこの場にいたくない。
「申し訳ありませんが、この後用があるので失礼いたします」
頭を下げ、店の出口へと向かう。そのときだった。
「――衛」
どこか切迫したような声で名前を呼ばれ、日下は足を止めた。そのまま無視していってもいいはずなのに、いつもどこかに余裕を滲ませていた緒方の真剣な表情に、気圧されたようにその場から動くことができない。
「俺はきみのことが好きだ。始めはただの遊びだったが、いつのころからか本気できみのことを好きになっていた。きみがこういう話を嫌がることは承知している。きみが俺の気持ちにまったく気づいていないことも。だから言えなかったし、きみの誤解にもつき合っている振りをしていた。だけど、もう嫌だ。俺はきみと本気でつき合いたい。彼が言っていたような、だらしないきみの姿も見てみたい。衛、好きだ。きみがいま心の中で誰を思っていても構わない。どうか待つことを許してほしい」
「緒方先生、いったい何をおっしゃっているんですか……」
何を言われているのかわからずに、日下は戸惑うように瞳を揺らした。
緒方が自分のことを好き? 本気でつき合いたい?
ともだちにシェアしよう!