45 / 73

第45話

 緒方の言葉を否定しようとした日下は、自分を見つめる緒方の瞳に口を噤む。その真剣な表情から、緒方が決して嘘や冗談を言っているのではないことに気がついてしまった。こんな緒方は初めて見る。 「わ、私は……」  これまで緒方と身体の関係はあったものの、互いに割り切った関係だと日下は考えていた。まさか緒方が本気で自分に惚れるなんて思ってもみなかった。  日下は内心の動揺を抑えようと、助けを求めるように視線をさまよわせる。こんなことまったくの想定外だった。しかも緒方は本気で自分が徹のことを好きだと信じている。  ――衛さんが好きだ。  耳に甦った徹の言葉に、日下は内心で激しく動揺する。まっすぐな瞳で自分に思いを伝えようとする徹に、胸が騒がなかったはずがない。自分への好意を隠そうともしない徹に、それはお前の勘違いだ、そんなことあるはずがないと否定しながら、心の底では喜んではいなかったか……?  口ではよけいなお世話だと言いながら、毎朝起こしにくる徹の足音を密かに待ちわびた。文句を言いながら日下が床に零した水滴を律儀にふき取る徹の姿を、当たり前のように感じていた。リビングやキッチンで、スカイプをしている徹の姿。ソファで本を読んでいる徹の隣で、猫のように好き勝手にくつろぎながら、その存在をいつもすぐ傍に感じていた。  徹のそばにいるのは居心地がよく、飾ることのない素のままの自分でいられた。他人を信じることができず、偽りだらけの自分が、徹のことだけは信じることができた。徹と過ごす時間を誰よりも望んでいたのは自分ではなかったのか。  ――衛さん。  髪をやさしく撫でるその手に、ただの甥ではなく、ひとりの男として徹を意識するたびに、何度もその腕の中に抱きしめられる自分を想像し、否定した。そんなことはあり得ない、と自分に言い聞かせた。  僕は徹のことが好きなのか? 叔父と甥ではなく、ただの男として――?

ともだちにシェアしよう!