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第47話

 必死なようすで説得しようとする緒方に、日下は困ったように微笑む。自分は本当にこれまで何もわかっていなかった。 「緒方先生、だめなんです、それでは」  大学教授だった男の裏切りにより、日下はこれまで誰も信じられずにいた。永続的な恋愛があることなど、信じられなかった。多少の興味があれば平気で誰とでも寝たし、そんな自分を何とも思っていなかった。だけど、それは本当に男の裏切りがすべて原因か? 日下のほうにも問題はなかったのか?  ――僕の初恋の相手は裕介さんだよ。ずっと彼のことが好きだった……。  あの日、裕介さんの葬式で徹に囁いた日下の秘密。これまで誰にも話したことはなく、墓場まで持っていくつもりだった思いを、なぜあのとき徹に話そうという気になったのかはわからない。  大学教授の男の裏切りは、日下にとってはひどい痛手だった。けれど、自分にだってその裏切りをつくった原因はきっとある。  徹はそんな自分を知っている。知っていて何も言わず、ただ日下に自分のことを大事にしてほしいと、まっすぐな思いを寄せてくれた。日下のことを気遣い、大切に思ってくれた。だけど何も言わないからといって、何も感じていないわけではない。日下はそのことに気づいていたくせに、見て見ぬ振りをしてきた。そのほうが自分にとっては都合がいいからだ。ただ、自分の気持ちに向き合いたくないというだけで、日下はこれまで徹の気持ちをおろそかにした。  ――自分は汚い。  ふいに、刺すような痛みが胸に走る。徹はだめだ。こんな自分は相応しくない。徹にはもっと別の相手がいるはずだ。  黙り込んだ日下を、緒方が同情を滲ませたよう瞳で見つめている。

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