56 / 73

第56話

 躊躇いを見せる門倉に、日下は「申し訳ありませんが、これで失礼いたします」と断りを入れた。冷静な態度を取っているつもりが、内心は恐怖と不安で心臓が潰れそうだった。一刻も早く徹の元へと向かいたい。 「日下!」  振り返ると、日高がまっすぐに日下を見ていた。 「大丈夫か。何かあったら連絡してこいよ」 「気をつけて。甥ごさんの怪我が大したことないことを願っていますよ」  自分を気遣う言葉に、一瞬だけ泣きそうになった。日下は深く頭を下げると、踵を返した。  筧に連絡を入れて事情を説明した後、大通りでタクシーを拾う。 「どこまで?」 「西方病院までお願いします」  乗り込んだタクシーの運転手に行き先を告げると、日下は流れゆく車窓の景色に視線をやった。  さっきから徹の姿が頭から離れない。怪我の具合はひどいのだろうか? もし後遺症が出たら? 徹に何かあればどうすればいいのか。  今朝、最後に徹に会ったとき、自分は彼に出ていけと言った。お前とのキスなんて何でもない。うぬぼれるな。いい加減子どものお守りはうんざりだと。あのとき、徹はどんな顔で自分の話を聞いていた?

ともだちにシェアしよう!