58 / 73
第58話
徹に離れてほしかった。口ではいくら好き勝手なことを言ったって、自分からは本気であいつを突き放すことなんかできなかった。自分を好きでいてくれるうちに、あいつのほうから離れてほしかった。徹が変わっていくところなんか見たくない。自分は何て勝手だったのだろう……。
日下はきつく瞼を閉じると、膝の上で両手を握りしめた。どうか無事でいてほしいと、祈るような気持ちで願う。
病院のエントランスにタクシーが止まると、日下は運転手に金を払い、ドアから飛び出した。そのまま窓口に詰め寄る。
「すみません、佐野徹は……っ、甥が事故に遭ってこちらに運ばれたと連絡をいただいたのですが……っ」
「佐野徹さんですね。お調べいたします。少々お待ちください」
事務員がパソコンを検索するわずかな時間さえももどかしかった。
「お待たせいたしました。佐野さんは現在病室にいらっしゃいますね」
「あの、彼は無事なんですか? 怪我の具合はひどいんですか? 入院が必要だと聞いたのですが……?」
矢継ぎ早に質問を浴びせる日下に、事務員が困惑した表情を浮かべる。
「あの、私からは詳しいことは言えないので……」
「だったら、早くわかる人を呼んでください」
彼女を責めても仕方がない、それが仕事なのだと理解していても、感情がついていかない。ぐずぐずしていないで早く徹の容態を教えろと、関係のない事務員を怒鳴りつけたくなる。事務員がさっと顔色を変えたのを目にして、日下はいけない、と自分を叱咤した。
「……失礼しました。すみませんが、佐野徹の病室を教えていただけますか?」
「佐野さんは東棟の204号室にいます。東棟へは、あちらの通路をまっすぐにいってください」
「ありがとうございます」
ともだちにシェアしよう!