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第59話

 ほっとした顔の事務員に礼を言い、案内された病室へ急ぐ。明るい廊下を進んでいるのに、なぜだかどんどん暗い穴蔵の中へ入っていくような気がした。この場にいるのにまるで現実感がない、意識がどろりと沈んでゆく。それなのに、鼓動だけは他人事のように耳の外で鳴っていた。徹は無事だ。こんなことぐらいで死ぬはずがないと自分に言い聞かせても、恐怖や不安に押し潰されそうになる。  案内された病室は四人部屋だった。一番奥の窓際のベッドで、担当の医師と話をしている徹の姿を目にしたとき、日下の胸からひしゃげたようなおかしな音が出た。その声に徹が気がつく。 「衛さん?」  突然、すべてのものがクリアになったように、徹の声が耳に入ってきた。  口を開いたら泣いてしまいそうだった。だから日下は口を引き結んだまま、ばかみたいに病室の入口に立ち竦む。  日下が動こうとしないので、徹がベッドから足を下ろした。こちらのほうへこようとしているのだと気がついて、日下は慌てて徹の元へと近寄った。 「怪我は大丈夫なのか? 検査の結果は? いったい何があった? なぜ事故になんか……」 「衛さん……?」  違う、こんなことを言いたいんじゃないと思っても、気持ちが急くように言葉がまとまらない。頭に巻いた包帯が痛々しかった。頬にもガーゼが貼られている。鼓動が壊れたようにどくどくと鳴っていた。自分がバカになったように、冷静に考えることができない。 「衛さん」  徹の手が、日下の手に触れた。温かな体温に、胸の奥が詰まった。その瞬間、自分でも制御できない思いがあふれ出した。 「事故に遭ったと聞いて、人がどんな気持ちになったか……っ! 徹のくせに……っ、僕のことが好きだと言ったくせに、事故になんか遭いやがって……っ!」

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