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第62話
リビングのソファに徹と並んで腰を下ろすと、日下はすぐに落ち着かないようすで立ち上がった。
「そうだ、先に風呂を沸かしておこう。汗を流してさっぱりしたいんじゃないか」
「衛さん。本当に大丈夫だから、落ち着いて。ここに座って」
諭すように言われ、日下は仕方なくソファに腰を下ろす。この家で最後に徹と話をしたとき、日下は徹にひどい言葉を言った。本当は思ってもいない、ひどい言葉だ。そのことはまだ一度もちゃんと話をしていない。本来なら一番に話さなければならないことだった。
「……前に僕がお前に言ったことは本気じゃない。子どものお守りをしているなんて思っていない。お前が進んでいろいろしてくれることも、ご機嫌取りだなんて思ったことはない。ひどいことを言った……。本当にすまなかった」
口先だけならいくらでも言えるが、日下は本気で謝ることには慣れていない。じっとこちらを見る徹の視線を感じた。徹がどんな顔をしているのかわからず、日下は顔を上げることができない。きょうはまだ一度も徹の顔をまともに見ていなかった。どんな顔をして徹の前にいたらいいのかわからない。
「事故に遭ったとき、真っ先に衛さんのことを考えた。自分が死ぬかもしれないと思ったら、すごく怖くなった。同時に、なぜだか父が亡くなったときのことを思い出した。俺がもしこのまま死んだら、あのときと同じ思いを衛さんにさせてしまうかもしれないって」
「お前、あのときのことを覚えているのか?」
徹の言葉に、日下は気まずさも忘れて驚いた。裕介さんが亡くなったのは徹が五歳のときだ。当然、そのときの記憶があってもおかしくはない。けれど、再会してからも、この家で一緒に暮らすようになってからも、徹は一度もそのときの話はしなかった。だからてっきり覚えていないのだろうと思っていた。
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