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第63話

「もちろん覚えているよ。父が亡くなったのは悲しくて、もう二度と会えないなんて信じられなかった。そんなとき衛さんに会った。すごくきれいな人だと思った。そして、なんて悲しそうなんだろうって。俺はまだ子どもだったけれど、この人を守りたいって思った。もう二度とこんなふうにひとりで悲しませたくないって。……ばかみたいだろう? そんな力もないくせに」  恥ずかしそうに過去の告白をする徹に、日下は胸が詰まったように言葉が出ない。冷たい雨が降る、暗い日だった。まだ世の中の汚れも知らない澄んだ眼差しでこちらを見ていた幼い徹の姿を思い出す。自分の手をぎゅっと握りしめた小さな手。あの子どもが、あのときそんなことを考えていたなんて誰が思うだろう。 「あのときの俺は衛さんのことを何も知らなかった。自分に叔父さんがいるのは知っていたけれど、衛さんと話をするまでは、それがどんな人なのかわからなかった。その後、母に衛さんを紹介されて、うれしかった。もう二度と会えないかもしれないと思っていたから。だけど、親戚や知らない人といるときの衛さんはふたりで一緒にいたときとはどこか印象が違って見えて、やっぱりきれいでやさしかったけど、とても寂しそうに見えた」  徹がそう思ったのも仕方がない。昔から日下は大人しく、問題を起こさない子どもだったけれど、その実心を開くのが苦手で、簡単に人を信用しなかった。だからこそよけいに裁判沙汰までになった醜聞は、親戚一同にとっては天地がひっくり返るほどの出来事だったに違いない。

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