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第72話

 部屋の真ん中に立ったまま、一歩も動こうとしない日下に、徹が近づく。 「どうした、急に寂しくなった?」  腰に腕を回すように、抱きしめられる。こめかみにキスを落とされて、日下は息を吐くと、徹の胸にこてんと頭を寄せた。 「……ああ、寂しい。この家からお前がいなくなるんだな」  当然わかっていたことだが、こんなに寂しい気持ちになるとは思わなかった。  沈黙が落ちて、怪訝に思った日下が顔を上げると、ぎゅうぎゅうと徹に抱きしめられた。 「……ああ、もう」  呆れたように呟く徹の顔は、なぜだか困ったような、何かを堪えるような複雑な表情を浮かべていた。明るく輝いた瞳が日下を見て微笑む。 「衛さん」  何だと眉を顰めた日下の頬に、徹の手が触れた。聡明さが滲む瞳が、まっすぐに日下を見る。普段日下が好ましく感じている徹の瞳だ。 「週末には戻ってくるよ。衛さんが寂しいときは、いつだって飛んでくる。だから我慢しないで。衛さんが思っていること、全部俺に話して」 「……わかっている」

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