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第21話

   ため息がこぼれると、隣の席の男子学生がそわそわと足を組み替える。流し目を使うと、腰をかくかくさせる。  白石涼太郎よ、これがおれの実力だ。貴殿がおれの指揮のもとで童貞を卒業し、よがり狂うところを早く見たいものだ。  講義が終わった。涼太郎は即座に教壇へ駆け寄り、教授を質問攻めにする。  羽月は忍び足で、通路を兼ねた階段を下りていった。後ろから肩をぽんと叩き、涼太郎が振り向いた瞬間、頬をつつく。それでサプライズ成功だ。越境してきた理由を訊かれたときは、昨今のAIの進歩に興味があって、と答える。よし、完璧だ。  だが心臓がバクバクしだして、足がすくむ。もしかすると、おれは涼太郎に話しかけるくらいのことに緊張しているのか? ……まさか。  見えない鎖を引きちぎるように階段を駆け下り、ところが羽月が最下段に足をかけるのに先がけて、リケジョのひとりが涼太郎に歩み寄った。そして、つれ立って別の出口に向かう。  おのれメスブタ、と毒づいた。架空のものとはいえ、売約ずみの札が涼太郎の首からぶら下がっているだろうが。  ただちに涼太郎を奪還して、その余勢を駆って空き教室につれ込むのだ。切なげに瞳を潤ませて、とびきり甘い声で囁きかけよう。  きみに会いたくて我慢できなかった──と。  コンドームの予備はある。あとは貞操観念という益体もない反面、有刺鉄線のごとく自分と涼太郎を阻むものをぶっ壊して、眠れる獣を呼び覚ますだけ。行け、と自分を急き立ててもなぜだか動けない。涼太郎が彼女に朗らかな笑顔を向け、彼女がにこやかに答えると、胸の奥がチクチクするせいだ。  睦まやかなツーショットが頭にこびりついて離れない。しかも、いつかのストーカー予備軍から呪いの藁人形が届いたことも相まって苛々しどおしだった。おかげでバイト中も皿を割るわ、注文の品を間違えるわ、釣り銭をばらまくわ、と日ごろのムードメーカーぶりが一転して足手まといになる始末だった。 「先輩らしからぬ凡ミスを連発して、体調でも悪いのか」  ロッカールームで賄いの親子丼をかき込んでいるところに涼太郎が備品を取りにきて、そう訊いた。 「別にぃ。後半は時給分働くし」  羽月は頑なにうつむいたままグリンピースをよけた。涼太郎に悪印象を与えるのは得策ではない。筆おろしの相手を務めるどころか、嫌われる恐れがある。ふて腐れるな、愛想よくしろ、と思っても笑顔の在庫が尽きてしまったようだ。  今度は鶏肉をこね回していると、躰の前面に圧を感じた。涼太郎がロッカーの上から段ボール箱を下ろすために、真正面に立ったからだ。  かつて一大旋風を巻き起こした〝壁ドン〟さながらの構図に、図らずも顔が赤らむ。

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